第239話 狗尾草はぺんぽんぺぺんぽん

文字数 1,626文字

・7月27日 移り気な青空

後から本日の天気予報を確認したら、九時から十二時までの間には、きっちり傘マークがついてた。

でも、朝は青空、太陽はSUNSUN。
洗濯日和に思えたんだろうな。

この辺りの最寄り駅からたった一駅の会社に勤めている国仲さんから、俺に緊急依頼が入ったんだ。

──今、そっち雨降ってますか!

「ああ……ついさっき降リ出したところです。でも、空青いし太陽も明るいし、変な感じですよ」

──ふ、布団、取り入れてください!

「え? 布団干して出たんですか? 昼前に雨が降る確率が高いってことだったのに」

──天気予報、見てなかったんです。いい天気だったし、今日は昼過ぎには帰宅する予定だったんで、……ああ、久しぶりに布団干そうなんて思ったのが間違いだった!

「そう興奮しないで。すぐ行ってきます。国仲さんち、すぐそこだし」

──門の鍵、引っ掛けてあるだけなんで。取り入れた布団は、ああ、どうしよう……。

よくあるおもちゃみたいな小さな門の鍵はともかく、家全体は戸締りしてるよなぁ、普通。

「何とかなるでしょう。うち、ブルーシートも置いてるんで。布団、シングルですね?」

──はい!

「それなら軽いから大丈夫。帰り、うち寄ってください。ブルーシートに包んでこっちに運びます。布団乾燥機持ってるんで、掛けておきます。それじゃ、すぐ行ってきますから!」

お互い早口で用件を伝え合い、電話を切る。俺は国仲さんの布団を守るため、用具置き場からきれいなブルーシートを取り出し、外に飛び出した。俺だって雨に濡れるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

雨で濡れきった布団ほど、厄介で哀しいものはない。

こういう時、独り者って辛いよなぁ……。



おまけ。

7月25日の<俺>の話。

強い風を伴って昼過ぎからいきなり降り出した雨に、<俺>は干していた洗濯物を台無しにされたようです。しかも、突風でトランクスを一枚吹き飛ばされた模様。下着類はその時身につけているもの以外全部洗ってしまったので、替えのものがありません。仕事で汗かいたから、シャワーを浴びて着替えたいのに……。

雨に濡れてしまった洗濯物を再び洗濯機に押し込み、商店街まで下着を買いに走った<俺>。フクスケの白ブリーフか甲冑パンツかの選択を迫られ、悩んでいるのでありました。


独り者の悲哀、相憐れむ。





・8月12日  狗尾草はぺんぽんぺぺんぽん

空き地に群生してるエノコログサ。
てんでばらばらの方向に、ぺんぽんぺんぽんぺぺんぽん。

薄緑の毛虫みたいだな。猫のおもちゃにちょうど良さそうだ。なにせ、別名ネコジャラシ。

「な、なあ、銀さん」

俺は、元気良くリードを引っ張る白っぽい秋田犬に呼びかけた。銀さんは江田島さんちの飼い犬だ。ちなみに、金さんはいない。

「銀さん、どうしてそう草むらが好きなんだよ……」

ハッハッハ、と息を吐きながら、エノコログサの群生に突進していく銀さん。……楽しそうだ。日が落ちて間なしの空き地は、まだまだ草いきれに満ちていて暑い。

「そりゃ、銀さんは毛皮着てるからいいけどさ」

丈高く伸びたエノコログサの房ふさが、俺のむき出しの腕やら、顔やら、襟元にぺんぼこ触れて、はしかい。はしかいって何かって? こそばゆくてむず痒いってことだよ。

うをを、あちこち掻きむしりたくなってきた。

「銀!」

俺は強い調子で銀さんに呼びかけた。

「戻りなさい。もうおうちに帰るんだから」

「くぅん……」

「ダメ! 散歩はもう終わり」

「おん!」

抗議するようにひと声吠える銀さん。ったくもう……。

「ほら!」

最後の手段。俺はぺんぽんしてるエノコログサを三本ばかり摘んで、銀さんの鼻先で揺らしてみた。

「うぉん!」

気に入ったみたいだ。鼻を近づけて、房を齧ろうとする。

「さ、お家に買えるぞ!」

馬に人参よろしく、銀さんにエノコログサ。進行方向に向けて振ってやると、機嫌よく追いかけてくる。

エノコログサって、ネコジャラシだと思ってたんだけど……実はイヌジャラシの異名もあるのかなぁ?
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