第222話 伝さんと注連縄

文字数 2,142文字

・1月6日  伝さんと注連縄・

初・伝さん。

「おん!」

「あけましておめでとさん、伝さん」

「おんおん!」

新年明けて久しぶりに見るグレートデンの伝さんは、やっぱりでかい。そしてかっこいい。

「行くか、伝さん!」

「おん!」

飼い主の吉井さんに挨拶して、歩き出す。まだまだ朝の散歩は寒いけど、伝さんとならいい運動になる。

「しかし、伝さん。えらいなぁ」

「あうん?」

「俺なんか自分ちに注連飾りするの忘れたのに、伝さんの犬舎にはちゃんと飾ってあったなぁ」

「おん!」

もちろん吉井さんが飾ったんだろうけど、伝さんが後脚で立って、一所懸命自分のウチに注連飾りをつけてる姿を想像したら、なんか微笑ましかった。





・1月8日 自転車パンクする・

自転車がパンクした。

おのれ、この尖った石め。

前輪がへなへなになった自転車を止めて、犯人ならぬ犯石(?)を睨みつけていた俺だが、妙なことに気づいた。

これは石じゃない。瓦の破片だ。断面が特徴的だし、つるりとした側には独特の曲線の名残が見られる。

「どっから現れたんだ……?」

アスファルト舗装の道に、他に同じような破片は見当たらない。

訝しみつつ周囲を見回していると、すぐ傍の板塀の向うから、いきなり怪鳥のような叫びと、何かの割れる音が聞こえた。

一体何なんだよ? ついびくっとしてしまった自分が情けない。

板塀の途切れたところが門だと気づき、そーっと歩いて見に行くと、そこは……。

『○○流空手道場』

……そっか。空手か。てことは、今、庭で瓦割りしてるんだな。その破片の一部が、塀を越えて飛び散った、と。

文句を言いたかったけど、門の向うにちらりと見えた胴着の人が怖くてやめた。なんでかって、熊と闘っても勝ちそうな迫力をかもしだしてるんだもんさ。

パンクした自転車を押しつつ、そーっとその場を後にする。

それにしても。

どうして空手の人って瓦を割りたがるんだろう?





・1月11日 チンピラと夜の蝶・
  ※シンジがたこ焼き屋のお兄さんになる前の話です。

正月終わってすぐの連休中日。

……依頼が、無い。

せっかくの休み、愛犬との最高のコミュニケーション・散歩を楽しむ飼い主さんも多いし、小学生の塾通いも、今日はさすがに仕事休みの親御さんが多いから、何でも屋なんかに送り迎え頼まないし。

はぁ。

……シンジの持ってきてくれたぜんざいが、美味い。

最近顔を見なかったシンジだが、年末年始は風邪を引いていたそうだ。

──でも、るりちゃんが看病してくれたから、俺、幸せだったっすー。

うん。いくらでもノロけていいよ。お前はいいヤツだし。チンピラなりに出来る仕事(ピンクチラシ貼り、ティッシュ配り、その他)頑張ってる姿、俺は好きだし。シンジのカノジョのるりちゃんも、彼のそういうマジメなところがいいんだろうな。

夜の蝶、クラブ勤めのるりちゃんは、年末年始(といっても、ごく短い年末年始だけど)は店が休みで、看病もしやすかったらしい。「俺、ラッキーだったす~」とにやけるシンジは、ある意味可愛い。

意外に甘党の彼のために、昨日から休みのるりちゃんがわざわざ作ってくれんだといって、俺にまでお裾分けしにきてくれるところが、とても可愛い。

チンピラとクラブのホステスなんて、それだけ聞くと殺伐とした関係に思えるけど、彼らの場合はなんかほのぼのしてる。若いっていいなぁ。

「しかし、るりちゃん。さすがだな……」

俺はラップにくるまれた塩昆布を指でつついた。ぜんざいを入れた大きなタッパーの上に、リボンをつけて添えてあったんだ。菓子か何かについてたのを転用したんだろうけど、こういう心遣いがさすがは高級クラブのホステスさん、という感じだ。レンジで少しチンすればいいように、ほどよく焼いた餅を五つもつけてくれてあったし。

タッパーを返す時、何か礼でもした方がいいかな。シンジは「まだいっぱいあるから気を使わなくっていいっす!」って言ってたけど。

ま、いいか。

──美味かったよ。ありがとう。

今度、ふたりに会ったらそう言おう。そして、ごちそうさま。色んな意味で。





・1月13日  どこから来たのか、雪の塊・

空は重苦しい灰色。今日も寒い。
けど、このあたりに雪の気配はない。それなのに、あれは何だろう。

「なあ、伝さん」

俺は散歩の相棒に声を掛けた。

「おぅん?」

何だよ? とばかりに俺を見上げるグレートデンの伝さん。視線の位置が普通の犬より高い。犬嫌いの人から見ると、彼なんかまさに地獄の番犬だろうな、などと思いつつ、言葉を続ける。

「あれって、不思議だよな」

俺は道路の真ん中に落ちている雪の塊を指差した。

「どっから来たんだろな? 山の方で雪が積もって、そこから来た車が落としていくんだろうけど……」

雪の塊は、歩道の敷石の上にも落ちていた。カーブになってるから、その時落ちたのかも。

「あ、おい、伝さん。そんなもん舐めるな!」

不思議そうに匂いを嗅いだついでに、べろんと舌を出した伝さんを慌てて止める。

「腹こわしたらどうするんだよ」

「あおん、おん!」

ちょっと舐めてみようとしただけだぜ、とでもいうように、伝さんが抗議(?)する。

「そっか、喉かわいたんだな、伝さん。早く帰ろうか」

「おん!」

曇り空の向うに、太陽が透けて見えてきた。昼からはもう少しあったかくなればいいんだけど。
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