第235話 ののかと柏餅 1
文字数 1,263文字
※<俺>の娘のののかが、まだ幼稚園の頃の話です。※
今日は五月五日。こどもの日。
元々は端午の節句であって、本来は男の子の日なんじゃないのか、と駄々をこねる大人が一人。ブルテリアの文さんの飼い主、菅原さんである。
菅原さんちの子供は三人。全員女の子だ。しかも年子。二ヶ月前の桃の節句では、
「今日は女の子の日だから、お洋服買ってね、お父さん」
「今日は女の子の日だから、お人形さん、かってね、お父さん」
「きょうは おんなのこのひ だから、おっきな うさぎさん かって? お父さん」
等々、「桃の節句」「女の子のお祭り」に託けて、トリプルでおねだりされまくったところなのに、五月五日の今日。
「今日はこどもの日だから、メイクセット買ってね、お父さん」
「今日はこどもの日だから、お人形のお洋服かってね、おとうさん」
「きょうは こどものひ だから けーき かって? おとうさん」
またもやトリプルでのおねだり攻撃。
「で、負けたんですか? おねだり攻撃」
平和な祭日だというのに、朝っぱらから脱走して飼い主を心配させたた文さんを菅原さんに渡しながら、俺は訊ねた。文さんは桃色の舌で思いっきり俺のほっぺたを舐め、なかなか手から離れてくれない。
おい、こら文さん。何故飼い主の菅原さんより俺に懐く。カオが怖いっつーに。かわいいけど。
「いや。こどもの日は、こどもがかしわ餅を食べる日だ! と突っ張りました。ヨメさんにまでブーブー言われましたが、甘やかすだけが可愛がることじゃない。そう思いませんか?」
憤然と語る菅原さん。
俺はうんうんと頷いてみせた。何でも屋の俺は、迷子ペットの捜索を引き受けつつ、顧客の愚痴だって拝聴する。請求するのはペットの捜索費だけだけど、こういったお金にならない部分の積み重ねが、次の仕事に繋がるのだ。
「だいたい、まだ小学生のくせにメイクセットって何ですか?」
憤懣やる方ない様子の菅原さん。気持ちは分かるけどね。
「それがね、あるんですよ、子供用のメイクセットが」
菅原さんは、びっくりしたように俺の顔を見た。俄には信じられないようだった。
「……本当にそんなものが?」
「あるんです。リップグロスかな? そういうものがセットされてます。マニキュアセット、ってのも見たことがありますよ」
「世も末だねぇ……子供は子供らしく、鳳仙花で爪を染めればいいのに」
菅原さんは溜息をついた。彼の気持ち、一応女の子を持つ父親としてはよく分かる。別れた妻に引き取られている娘のののかはまだ五歳だが、子供のうちは子供でいて欲しいと思う。どうせいつかは、否応なく大人になるのだから。
もし、ののかに「子供用メイクセット」なんかねだられたら、どうすればいいんだろう。うーん。……そういう時は、元妻に相談しよう。そうしよう。
はは、俺って情けない父親かも。菅原さんは、立派だなぁ。見習わなくては。
「そうそう、かしわ餅だ。そんなわけだから、今いっぱいあるんだよ。良かったら持って帰りますか? こし餡、つぶ餡、みそ餡、何でもござれですよ」
ありがたいが、その申し出に俺は首を振った。
今日は五月五日。こどもの日。
元々は端午の節句であって、本来は男の子の日なんじゃないのか、と駄々をこねる大人が一人。ブルテリアの文さんの飼い主、菅原さんである。
菅原さんちの子供は三人。全員女の子だ。しかも年子。二ヶ月前の桃の節句では、
「今日は女の子の日だから、お洋服買ってね、お父さん」
「今日は女の子の日だから、お人形さん、かってね、お父さん」
「きょうは おんなのこのひ だから、おっきな うさぎさん かって? お父さん」
等々、「桃の節句」「女の子のお祭り」に託けて、トリプルでおねだりされまくったところなのに、五月五日の今日。
「今日はこどもの日だから、メイクセット買ってね、お父さん」
「今日はこどもの日だから、お人形のお洋服かってね、おとうさん」
「きょうは こどものひ だから けーき かって? おとうさん」
またもやトリプルでのおねだり攻撃。
「で、負けたんですか? おねだり攻撃」
平和な祭日だというのに、朝っぱらから脱走して飼い主を心配させたた文さんを菅原さんに渡しながら、俺は訊ねた。文さんは桃色の舌で思いっきり俺のほっぺたを舐め、なかなか手から離れてくれない。
おい、こら文さん。何故飼い主の菅原さんより俺に懐く。カオが怖いっつーに。かわいいけど。
「いや。こどもの日は、こどもがかしわ餅を食べる日だ! と突っ張りました。ヨメさんにまでブーブー言われましたが、甘やかすだけが可愛がることじゃない。そう思いませんか?」
憤然と語る菅原さん。
俺はうんうんと頷いてみせた。何でも屋の俺は、迷子ペットの捜索を引き受けつつ、顧客の愚痴だって拝聴する。請求するのはペットの捜索費だけだけど、こういったお金にならない部分の積み重ねが、次の仕事に繋がるのだ。
「だいたい、まだ小学生のくせにメイクセットって何ですか?」
憤懣やる方ない様子の菅原さん。気持ちは分かるけどね。
「それがね、あるんですよ、子供用のメイクセットが」
菅原さんは、びっくりしたように俺の顔を見た。俄には信じられないようだった。
「……本当にそんなものが?」
「あるんです。リップグロスかな? そういうものがセットされてます。マニキュアセット、ってのも見たことがありますよ」
「世も末だねぇ……子供は子供らしく、鳳仙花で爪を染めればいいのに」
菅原さんは溜息をついた。彼の気持ち、一応女の子を持つ父親としてはよく分かる。別れた妻に引き取られている娘のののかはまだ五歳だが、子供のうちは子供でいて欲しいと思う。どうせいつかは、否応なく大人になるのだから。
もし、ののかに「子供用メイクセット」なんかねだられたら、どうすればいいんだろう。うーん。……そういう時は、元妻に相談しよう。そうしよう。
はは、俺って情けない父親かも。菅原さんは、立派だなぁ。見習わなくては。
「そうそう、かしわ餅だ。そんなわけだから、今いっぱいあるんだよ。良かったら持って帰りますか? こし餡、つぶ餡、みそ餡、何でもござれですよ」
ありがたいが、その申し出に俺は首を振った。