第167話 修羅の部屋?

文字数 1,041文字

今日の予定は朝夕の犬の散歩と、子供の塾の送り迎えのみ。まるまる空いた昼間はどうしようと思っていたら、変わったところから引き合いがあった。

修羅場、というらしい。専門用語で。

狭い部屋にむさい男が三人。全員、髭は伸び放題、髪は脂でテカテカ。男の俺が言うのも何だが、男臭い。……風呂に入る暇も無いようだ。ついでに寝る暇も無いようで、三人が三人とも目の下にクマが浮いている。

彼らは漫画を描いているのだ。よく分からないが、イベント合わせ(?)で本を出すという。そのための印刷屋の締め切りが迫っていて、数日前から泊り込みの合宿状態になっているらしい。

「な、何か食べ物を買ってきて欲しい。もう買いに行く暇もなくて……」

俺が以前配ったささやかなチラシを見て電話を掛けてきたという、リーダー格の男が言った。分かりましたと頷いて、預かったお金を手に狭い1LDKを出ようとすると、搾り出すような声が追いかけてきた。

「手が汚れなくて、片手で食べられるもの……。あと、飲み物もよろしく。喉、渇いた……リ○Dとか、ユン○ルも頼む・・・」

その間も、三人とも一時たりとも手が休まない。身体はとうに限界っぽいのに……これが、修羅場か……。

怖っ!

俺は慌てて近所のコンビニに走り、おにぎりやサンドイッチ、惣菜パンに野菜ジュース、各種お茶、ソフトドリンク、あと忘れずにスタミナドリンクも買って修羅の部屋に戻った。

三人が作業を中断しなくても良いよう、おにぎりのラップフィルムを剥がしたり、サンドイッチを取り出して渡したり、お茶をコップに入れてサーブしたり。他にも色々、夕方の予定ぎりぎりまで手伝いをした。

ベタ塗りってのは、はみ出さないよう神経を使うものなんだな……。消しゴムかけは意外に力がいるので、手がだるくなった。

彼らのサークル(?)はそれなりに売れているらしく、依頼料を弾んでくれたのはうれしかったが……。

いやいや、作品の内容についてのコメントは控えよう。日本には表現の自由というものがある。よくは分からないが、ちゃんと自主規制とやらもしているらしいし。……あの部分だけピンポイントで消したにしても、あんまり変わらないので、果たしてそれに意味があるのか? という疑問は残るが。

さあ、健全な世界に戻るぞ。待ってろ、伝さん、アリスちゃん。

犬たちの元に急ぎつつ、俺は妙なものが服についていることに気づいたのだった。何だ、コレ? 柄付きシールの欠片みたいなものが……?
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