第266話 居酒屋お屯 4 終
文字数 3,015文字
二人組?
「ああ、その様子じゃやっぱり覚えてないようですね。義兄さんのホストっぷりを眺めていて気づいたんですけど、ぎこちない様子の男女二人の席を、義兄さんとても気にしてて」
そうだっけ……?
「隣の席を盛り上げたついでにするっと柿の種を置いて行ったり、空になったグラスを引きに行ったと思ったら、頼まれてもないのにお銚子とお猪口を持って、新年の歳神さまからで~す! きっと今年はいい年~! なんて言いながら酌をしたり」
俺、勝手にそんなことしてたの? お屯の店主、怒ってなかった?
「全然。義兄さんがちょこちょこ不思議な注文をしても、何も言わずに応じてましたよ」
っていうか、俺、勝手に店員やってた?
「やってましたね。昔取った杵柄~! とか言いながら」
……確かに大学時代、居酒屋でバイトもしたけどさ。あーもーホントに俺、何やってんだろ。
「いいんじゃないですか? 店は幸せ、お客もご機嫌、義兄さんがちょっと恥ずかしいだけで」
俺のこと恥ずかしいやつだと思ってるんだ……。
「でも、覚えてないんでしょう?」
……。
「なら、義兄さんだって幸せですよ。顧客満足度アップで臨時ボーナス。リッチなお節料理をゲット」
そ、そうだな! 新年なんだし、前向きに……。
「でも、酒場のとはいえ、いいトシをして座敷童子はどうかなぁ」
う……。
「ののかに見せたら、いつものパパじゃないって言いそう」
やめて、智晴! 酔っ払った姿を娘に見せたい父親なんていないよ!
「そう思うなら、気をつけてくださいよ。じゃないと、義兄さんが南京玉簾してるスマホ動画、姉さんに見せますからね」
お、おま、いつの間に、そんな。
「義兄さんが酔っ払っているあいだに」
やめてくれよぉ……。
「他の客はみんな義兄さんに視線が釘付けになっててそんなことは思いつかなかったようですが、僕は耐性がありますから」
何耐性だよ!
「義兄さん耐性」
そんなはっきり言うなよ……。え……俺の双子の弟と組んだ弟同盟の賜物、って……。そっか。もういないあいつのことずっと覚えていてくれて、ありがとうな智晴。──ん? どうした、変な顔して。
「……ほらね、義兄さんはそんなふうにさらっと許しちゃう。怒ってたんじゃないんですか、もう」
あいつが殺されてから、そっくりの俺を見てあいつのこと思い出てくれる人はいるけど、弟としてのあいつを覚えていてくれる人は少ないからさ……。
「はぁ……」
何だよ、溜息なんかついて。
「──もういいです。姉さんにみせるのは許してあげますよ」
えっ! な、なんで?
「なんででもいいじゃないですか。その代わり、次の土曜日つき合ってもらいますよ」
土曜日……土曜日か。うーん……ちょっと難しいなぁ。
「ののかを迎えに、空港へ行くのだとしても?」
ののか! そりゃ、滅多に会えない娘に会えるなら無理しても……そういえば、年末年始はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとハワイに行くって、ののか言ってたっけな。お迎えサプライズかぁ。それ、いいな。──でも、俺、お義父さんお義母さんとは顔を合わせにくいんだけど……彼女と離婚してから会ってなかったし……。
「あの人たちは気にしませんよ。あなたはお気に入りの娘婿だったし──姉さんも別に不幸せだったわけじゃないしね」
だけど俺、彼女を幸せに出来なかったよ……。
「それを決めるのは姉さんですよ。姉さんは幸せそうだった、弟の僕の眼から見ても。嫌い合ったわけじゃない夫婦の別れる別れないは、時の運だと思います、僕はね」
……時の運、か。
「その点、お屯のあの二人連れは運が良かったんじゃないかな」
──お屯の二人連れっていうと、何か分からないけど俺が勝手に世話焼いてたっていう?
「そうです。ちらりと聞こえただけで僕も詳しいことは分からないんですが、あの二人はどうやら別居中の夫婦だったみたいですね」
……。
「これは僕の想像ですが、お互い年内に結論を出したかったんじゃないかな、大晦日のぎりぎりだけど。二人の昔の行きつけの店が無くなっていて、仕方なく店開きで賑々しいお屯に入ったみたいですが……。そこには義兄さんがいた」
俺?
「義兄さんは、あの二人にとっての云わば“時の氏神”だったんですよ。なんだかんだで上手くまとめてしまったようですから。帰るとき、夫婦で義兄さんにお礼を言ってたんですが……覚えてないですね」
うっ……その生暖かい微笑みが痛いよ智晴……。
「『夫婦舟』歌って送り出してましたけど」
もう言わないでくれよ……。
「本当は良い悪いじゃないのかもしれませんけどね、運なんてものは。悪いことの反対が必ずしも良いことってことはないし、良いことの裏側が全て悪いものだとは決まっていない。だからそんなもん気にするな、って酔っ払った義兄さんが言ってました」
俺、そんな偉そうなことを……?
「まあ、まず間違いなく無責任な酔っ払いの戯言なんですけどね」
うう……。
「でも、その戯言に救われる人もいるってことなんじゃないですか? ──お屯の店主、そういうことをよく分かっているんでしょうね。だから座敷童子と化した義兄さんに好きなようにさせてたんだと思います」
そう呼ぶの、もうよしてくれよ……。
「じゃあ、座敷おじさん?」
──分かっててそんなこと言ってるだろ。
「もちろん」
と、も、は、る~!
「でもね」
な、何だよ、いきなりあらたまって。
「そんな義兄さんが僕もののかも好きだし、姉さんも気に入ってるはずなんですよ。だから、今年もよろしくお願いしますね、義兄さん」
お、おう。俺のほうこそよろしくな。──ところで、なあ智晴。そのスマホで何見てるの……? なんか、聞き覚えのある声が南京玉簾の歌を歌ってるのが聞こえるんだけど……
「ニュールンベルクのマイスタージンガーならぬ、人呼んで居酒屋お屯のジルベスター・スーパーコメディアン」
それは俺のことか!
「自覚があるなら話は早い。お屯で──いえ、飲み屋で飲む時は必ず僕に連絡を入れること。いいですね?」
そんなこと滅多に無いって。仕事柄、俺は早寝しないといけないし。昨夜が特別だったの!
「はいはい。人の好さそうなご老人に昆布巻きあげるからこっちにおいで、とか言われても着いて行っちゃダメですよ」
俺は子供か! ええい、智晴なんか、智晴なんか──もらった中で一番大きな鏡餅を帰りに持たせてやる! 重たいぞ!
「重い荷物は困りますね」
そうだろ。それが嫌なら早くその動画を──。
「せっかくだから、──さんのお墓参りに誘おうと思ってるんですけど」
弟の……?
「ええ。義兄さん忙しくてなかなか墓参りに行けないって言ってたでしょう? 僕もたまには弟同盟を組んだ相方に挨拶したいと思って」
……ありがとう、智晴。そういうとこ、彼女と似てるよ。
「うれしくありませんよ」
褒め言葉なのに……。今度彼女に言っとこ、いいところが姉ちゃんに似てるって言われて智晴が嫌がってたって。
「やめてください! そんなこと聞いたらまた姉さんにいびられる!」
ごめんごめん、嘘だよ。ちょっとした仕返し。姉と弟の力関係は計り知れないな……。ごめんって。ほら、風呂沸かすから。正月の朝風呂最高だよ、うちのは狭いけど。一番風呂を進呈するから。うん、俺も白湯とお粥で復活したし。
昨夜は年越しで迷惑かけてごめんな。でも助かったよ、本当にありがとう、智晴。今年もよろしくな!
「ああ、その様子じゃやっぱり覚えてないようですね。義兄さんのホストっぷりを眺めていて気づいたんですけど、ぎこちない様子の男女二人の席を、義兄さんとても気にしてて」
そうだっけ……?
「隣の席を盛り上げたついでにするっと柿の種を置いて行ったり、空になったグラスを引きに行ったと思ったら、頼まれてもないのにお銚子とお猪口を持って、新年の歳神さまからで~す! きっと今年はいい年~! なんて言いながら酌をしたり」
俺、勝手にそんなことしてたの? お屯の店主、怒ってなかった?
「全然。義兄さんがちょこちょこ不思議な注文をしても、何も言わずに応じてましたよ」
っていうか、俺、勝手に店員やってた?
「やってましたね。昔取った杵柄~! とか言いながら」
……確かに大学時代、居酒屋でバイトもしたけどさ。あーもーホントに俺、何やってんだろ。
「いいんじゃないですか? 店は幸せ、お客もご機嫌、義兄さんがちょっと恥ずかしいだけで」
俺のこと恥ずかしいやつだと思ってるんだ……。
「でも、覚えてないんでしょう?」
……。
「なら、義兄さんだって幸せですよ。顧客満足度アップで臨時ボーナス。リッチなお節料理をゲット」
そ、そうだな! 新年なんだし、前向きに……。
「でも、酒場のとはいえ、いいトシをして座敷童子はどうかなぁ」
う……。
「ののかに見せたら、いつものパパじゃないって言いそう」
やめて、智晴! 酔っ払った姿を娘に見せたい父親なんていないよ!
「そう思うなら、気をつけてくださいよ。じゃないと、義兄さんが南京玉簾してるスマホ動画、姉さんに見せますからね」
お、おま、いつの間に、そんな。
「義兄さんが酔っ払っているあいだに」
やめてくれよぉ……。
「他の客はみんな義兄さんに視線が釘付けになっててそんなことは思いつかなかったようですが、僕は耐性がありますから」
何耐性だよ!
「義兄さん耐性」
そんなはっきり言うなよ……。え……俺の双子の弟と組んだ弟同盟の賜物、って……。そっか。もういないあいつのことずっと覚えていてくれて、ありがとうな智晴。──ん? どうした、変な顔して。
「……ほらね、義兄さんはそんなふうにさらっと許しちゃう。怒ってたんじゃないんですか、もう」
あいつが殺されてから、そっくりの俺を見てあいつのこと思い出てくれる人はいるけど、弟としてのあいつを覚えていてくれる人は少ないからさ……。
「はぁ……」
何だよ、溜息なんかついて。
「──もういいです。姉さんにみせるのは許してあげますよ」
えっ! な、なんで?
「なんででもいいじゃないですか。その代わり、次の土曜日つき合ってもらいますよ」
土曜日……土曜日か。うーん……ちょっと難しいなぁ。
「ののかを迎えに、空港へ行くのだとしても?」
ののか! そりゃ、滅多に会えない娘に会えるなら無理しても……そういえば、年末年始はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとハワイに行くって、ののか言ってたっけな。お迎えサプライズかぁ。それ、いいな。──でも、俺、お義父さんお義母さんとは顔を合わせにくいんだけど……彼女と離婚してから会ってなかったし……。
「あの人たちは気にしませんよ。あなたはお気に入りの娘婿だったし──姉さんも別に不幸せだったわけじゃないしね」
だけど俺、彼女を幸せに出来なかったよ……。
「それを決めるのは姉さんですよ。姉さんは幸せそうだった、弟の僕の眼から見ても。嫌い合ったわけじゃない夫婦の別れる別れないは、時の運だと思います、僕はね」
……時の運、か。
「その点、お屯のあの二人連れは運が良かったんじゃないかな」
──お屯の二人連れっていうと、何か分からないけど俺が勝手に世話焼いてたっていう?
「そうです。ちらりと聞こえただけで僕も詳しいことは分からないんですが、あの二人はどうやら別居中の夫婦だったみたいですね」
……。
「これは僕の想像ですが、お互い年内に結論を出したかったんじゃないかな、大晦日のぎりぎりだけど。二人の昔の行きつけの店が無くなっていて、仕方なく店開きで賑々しいお屯に入ったみたいですが……。そこには義兄さんがいた」
俺?
「義兄さんは、あの二人にとっての云わば“時の氏神”だったんですよ。なんだかんだで上手くまとめてしまったようですから。帰るとき、夫婦で義兄さんにお礼を言ってたんですが……覚えてないですね」
うっ……その生暖かい微笑みが痛いよ智晴……。
「『夫婦舟』歌って送り出してましたけど」
もう言わないでくれよ……。
「本当は良い悪いじゃないのかもしれませんけどね、運なんてものは。悪いことの反対が必ずしも良いことってことはないし、良いことの裏側が全て悪いものだとは決まっていない。だからそんなもん気にするな、って酔っ払った義兄さんが言ってました」
俺、そんな偉そうなことを……?
「まあ、まず間違いなく無責任な酔っ払いの戯言なんですけどね」
うう……。
「でも、その戯言に救われる人もいるってことなんじゃないですか? ──お屯の店主、そういうことをよく分かっているんでしょうね。だから座敷童子と化した義兄さんに好きなようにさせてたんだと思います」
そう呼ぶの、もうよしてくれよ……。
「じゃあ、座敷おじさん?」
──分かっててそんなこと言ってるだろ。
「もちろん」
と、も、は、る~!
「でもね」
な、何だよ、いきなりあらたまって。
「そんな義兄さんが僕もののかも好きだし、姉さんも気に入ってるはずなんですよ。だから、今年もよろしくお願いしますね、義兄さん」
お、おう。俺のほうこそよろしくな。──ところで、なあ智晴。そのスマホで何見てるの……? なんか、聞き覚えのある声が南京玉簾の歌を歌ってるのが聞こえるんだけど……
「ニュールンベルクのマイスタージンガーならぬ、人呼んで居酒屋お屯のジルベスター・スーパーコメディアン」
それは俺のことか!
「自覚があるなら話は早い。お屯で──いえ、飲み屋で飲む時は必ず僕に連絡を入れること。いいですね?」
そんなこと滅多に無いって。仕事柄、俺は早寝しないといけないし。昨夜が特別だったの!
「はいはい。人の好さそうなご老人に昆布巻きあげるからこっちにおいで、とか言われても着いて行っちゃダメですよ」
俺は子供か! ええい、智晴なんか、智晴なんか──もらった中で一番大きな鏡餅を帰りに持たせてやる! 重たいぞ!
「重い荷物は困りますね」
そうだろ。それが嫌なら早くその動画を──。
「せっかくだから、──さんのお墓参りに誘おうと思ってるんですけど」
弟の……?
「ええ。義兄さん忙しくてなかなか墓参りに行けないって言ってたでしょう? 僕もたまには弟同盟を組んだ相方に挨拶したいと思って」
……ありがとう、智晴。そういうとこ、彼女と似てるよ。
「うれしくありませんよ」
褒め言葉なのに……。今度彼女に言っとこ、いいところが姉ちゃんに似てるって言われて智晴が嫌がってたって。
「やめてください! そんなこと聞いたらまた姉さんにいびられる!」
ごめんごめん、嘘だよ。ちょっとした仕返し。姉と弟の力関係は計り知れないな……。ごめんって。ほら、風呂沸かすから。正月の朝風呂最高だよ、うちのは狭いけど。一番風呂を進呈するから。うん、俺も白湯とお粥で復活したし。
昨夜は年越しで迷惑かけてごめんな。でも助かったよ、本当にありがとう、智晴。今年もよろしくな!