第240話 智晴と下ネタ

文字数 1,558文字

・8月14日 智晴と下ネタ

「ねえねえ、義兄さん」

元義弟の智晴が、優しげに見せた胡散臭い笑顔で俺を呼ぶ。パソコンの調子が悪いんで見にきてもらってたんだが、何かおかしなことでも──。

はっ!

ネット上で見つけたアンナモノやコンナモノは、智晴が来る前に削除したはず。まさか、残ってたとか?

途端に早くなる動悸。何か息苦しくなってきた。

「な、何だよ?」

答えつつ、無意識に胸を押さえる。

「義兄さんが、そんなことで悩んでたなんて知りませんでしたよ。僕も男だから気持ちは分かるけど、まだそんな年じゃないんだし、安易に薬に頼るのはどうかと思いますけど」

「え? な、何のこと?」

薬って? そんなもの、覚えが……意味も分からずパニクっていると、楽しそうに智晴がそれを差し出した。

それは、ただのボールペン。だけど、側面に……。


バイア○ラ


「ち、違うんだ、智晴! それ、顧客の看護師さんにもらっただけで……他にシナロング錠とか、メバロチンとか、色々あるだろ!」

製薬会社の、販促品、ていうのかな? 病院に来るMRの人にもらったのが溜まってきたからと、俺にくれたんだ。

「違うんだよ……」

書いてある薬品名、目には入っていたけれど、単なる模様としてしか認識してなかった。三色とか四色とか、そういうのはチェックしてたけど。

「バ○アグラ」のやつは、ドクターグリップ・タイプのやつで、書きやすかったんだよ。

ただそれだけなんだ、智晴! 妙な誤解はしないでくれ!

「ぶはっ!」

智晴が吹き出した。肩を震わせて笑ってる。

「そんなに泣きそうな顔しなくても。分かってますよ。ちょっとからかっただけじゃないですか」

「……」

この元義弟は、やっぱり性格が悪い。今やってもらってる作業が終わったら、鶴亀堂の夏向き創作和菓子を出してやろうと思ってたけど(わざわざ買っておいたんだ。一個五百円もした)、コンビニ水羊羹に変更だ!

……
……

ああ、俺って。

「俺って、小さいなぁ……」

自分で自分が情けなくなってきて、思わず呟いてしまった。そんなことでしか意趣返し出来ないなんて、情けない。

「え? 義兄さん、小さかったんですか?」

ニヤニヤ笑いながら追い討ちをかける、元義弟。

「と、も、は、る~!」

下ネタは、やめろ!





・9月30日 風呂場に猫が

風呂場のドアを開けたら、猫がいた。

ある日ふらっとやってきて、このボロビルに居ついた三毛猫。風呂の蓋の上で、大の字になって寝ている。

こら、腹出して寝るな。熟睡するな。
野良猫のくせに、何だその警戒心の無さは!

……けど、俺が飼ってることになるのかな、一応。餌やってるし、外の廊下にトイレも設置してやってるし。

普段、ほとんど寄ってこないし、部屋の中まで入ってくることは滅多にないんだが、このところめっきり朝夕冷えるようになったからな。暖かい場所を求めて来たのか。てか、いつ部屋に入った。どうやって風呂場のドア開けた。

謎なやつだ。
いや、存在自体が謎かもしれん。なんせ、雄の三毛猫だ。

普通、三毛猫といえば必ず雌だが、ごくごくごくたまに雄も生まれるらしい。世にも珍なる雄の三毛猫、好事家ならばいくら札束を積んでもいい、というくらい手に入れたいものらしいが、俺にとってはどうでもいい。てか、邪魔。

「そこどけ! 俺が風邪引くだろ!」

ドア開ける前に服脱いで、俺、今、丸裸なんだよ。風呂場が狭いからさ。独り暮らしだし。

「なー」

不満たらしい声を上げる猫。

「何が『なー』だ。早くどけったら!」

「うなん!」

何ぃ、嫌だとぉ? よろしい、ならばこうしてくれるわ! 俺は、蓋で猫を簀巻きにする真似をしてやった。

「にゃん!」

逃げていきやがった。ふふ、俺の勝ちだぜ!
心の中で快哉を叫んだところで、

「べくしょいっ!」

くしゃみが出た。ううう、すっかり冷えてしまった。掛かり湯をして、早く湯船につかろう。
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