第210話 怪しい黒猫

文字数 1,500文字

・9月9日 ひとりオヤジギャグ・

今日はすごくいい天気だった。洗濯物がよく乾く。このところ雨が多くて干せなかった布団を干し、外したシーツや枕カバーも洗う。

こういう時、屋上があって良かったな、と思う。いっぱい干せるもんな。シングルとはいえ、布団を担いでの階段上り下りはちとキツいけど。

布団は、仕事の合間を縫って午後二時頃には取り入れた。布団干しのゴールデン・タイムは午前十時から午後二時まで。特にこの時期はまだまだ暑いから、早めに取り入れて広げ、溜まった熱を放散させるのが良い。

と、元妻が言っていた。

うお~、布団、ふかふか。仕事の疲れも吹っ飛ぶぞ。

ん? 何か引っかかったぞ。
……えーと……あ、そうだ!

『布団が吹っ飛んだ。』

……また、つまらぬものを思い出してしまった。





・9月10日 布団が吹っ飛ぶ夢を見た・

横殴りの風に吹っ飛んで、韋駄天走りに逃げていく布団を追いかける夢を見た。

捕まえようとすると、牛若丸のようにひらり、ひらりと身(?)をかわす。ここは京の五条の橋の上じゃないっつーの。

腹が立ったので、枕を人質に取ってやった。

人質(?)を抱えてパイプベッドに寝てこも……いや、立てこもっていたら、すぐに布団がしおしおと戻ってきやがった。

簡単に戻るくらいなら、最初から逃げるな! と、布団に一喝したところで目が覚めた。


せっかく干したての布団で気持ちよかったのに。
……俺、どっか悪いのかな?

いや、食欲はあるし。心配ないよ、うん。
き、季節の変わり目だしな!





・9月11日 怪しい黒猫・

自転車に乗って、市原さんちに向かう途中、黒猫と正面衝突しそうになった。

いきなり角から出てくるんだもん、って。相手にしてみたら、俺が角から飛び出してきたように見えるだろうな。

普通の猫なら、立ち竦むか、飛び退って逃げるか、そのどちらかだが、そいつは違った。俺が急ブレーキを掛けるのを、悠々と眺めている。

「だ、大丈夫か?」

思わず黒猫に声を掛けてしまった俺。迷いペット探しが多い何でも屋として、ちょっと職業病かも。

そいつは、声も上げなかった。ただ、俺の顔をじっとその金色の目で見つめてくる。何故か道端で見詰め合う、一人と一匹。

と、突然、その黒猫の口がにぃぃ、と笑いの形になった。俺は無意識に、ひ、と息を吸い込む。

何か、怖かったんだ。相手は猫なのに、どうしてか身の危険を感じたんだ。

こんなことは初めてだ。が、とまどう俺を尻目に、黒猫はそこにあった一軒家の塀をひらりと超え、中に入っていった。

一体、何だったんだ……。

その家の表札を確認すると、「良輝」とあった。これ、表札なんだから苗字だよな。名前みたいだけど。「よしてる」……うーん、世の中にはそういう苗字もあるのかもしれない。

ん?

「らてる?」

……それでも、変わった苗字だなぁ。





・9月12日 秋の花に思う・

今日は戸田さんちの花壇の整備のお手伝い。

秋の花を植えるため、花期の終わったものは取り除き、雑草を引っこ抜く。ガーデニング用の小さな鋤で地面を耕して、必要な土壌改良材を撒き、また耕す。

結構な肉体労働だった。
……腹、減った。

帰りに、戸田さんの奥さんが白と藍色のリンドウの株をくれた。
派手ではないけど、凛とした佇まい。ああ、秋の花だ。

さっそく屋上のプランター菜園のいい場所に植えよう。
うーん、でも植木鉢のほうがいいかなぁ……。

……
……

秋の花といえば、母さんの好きだった萩を思い出す。

実家には、母さんの丹精した株があって、秋には小さなチョウチョみたいな花をいっぱいつけていた。終わりになるにつれ、花びらが地面にこぼれて、小豆色の絨毯みたいになってたっけ。

……屋上には、萩の鉢も置いてみようかな。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み