第150話 マレーネな夜 3
文字数 1,918文字
「お久しぶりです」
青年は礼儀正しく挨拶してきた。六月の眩しい日差しがよみがえる。あの頃はあんなに暑かったのに、今はこんなに寒い。何でだ。それは太陽の周りを公転する地球の地軸が傾いているからだ、と心の中で独り問答する。
「久しぶり。葵くんだよね?」
葵は面白そうに目を細めた。猫みたいだ。
「芙蓉だとは思わなかったんですか?」
兄の名を出し、逆に問いかける。俺は首を傾げた。そういえば、こいつらは一卵性の双子だった。だけど。
「思わなかった。君らはそっくりだけど、そっくりじゃない」
俺の言葉に、あはは、と葵は笑った。
「そりゃあね。芙蓉はあの年で既に自立してるし、一児の子持ちだし。けど、俺はまだ学生だしね。芙蓉には世話を掛けっ放しだよ」
「いや、そういうことじゃなく」
俺は苦笑した。
「きみは常に変わらず男性だけど、芙蓉くんの場合は、『女性、時々男性。時によりあるいは気分により、男か女か変わるでしょう』な人だからな」
そう。葵の一卵性の双子のきょうだいは、衣装倒錯者なのだ。一卵性というからには、性別はもちろん葵と同じ男性。けれど、女装をした芙蓉は女以上に女だった。
「人の兄貴を、天気予報みたいに言わないでよ。本当にもう、相変わらず面白い人だね、あなた」
葵は吹き出す。
だってさ。芙蓉ってマジそういうヤツだし。
「俺だって、同じ顔ながら、芙蓉って『大和おのこの七変化』だと思うけどさ」
何だ、その微妙なパロディは。しかも古い。
そう突っ込みつつ、俺もついノってしまう。
「いや、『キューティー○ニー』じゃないか?」
「空中○素固定装置を内蔵してるって?」
葵が訊ねてくる。おい、肩が震えてるぞ?
「うーん、芙蓉のハ○ーフラッシュは想像したくないなぁ」
楽しくないだろ、男だし。
しみじみ答えると、またもや葵が吹き出した。爆笑してるよ、おい。
「そんなにウケた?」
俺の問いに、葵は涙をにじませて頷く。
いいなぁ。この程度でそんなに笑えて。俺は溜息をついた。ああ、エコロジーバッグに入れたノートパソコンが重い。
ひとしきり笑ってから、不思議そうに葵は聞いてきた。
「どうしたの? 何だかテンション低いじゃない」
そう言われても、今日はさすがに元気が出ないよ。パソコン、新しく買うしかないのかなぁ。
「いや、うん……」
地域密着型の何でも屋にパソコンが必須かと聞かれたら、そんなことはない、と答えるけれど、あった方が便利なのは確かだ。家出・迷子ペット探しが大きな割合を占める当社(?)といたしましては、最新のペット情報もチェックしておかなければならないし、その生き物の生態なんかも研究しなくちゃならない。
それに、このパソコンで顧客管理もしているのだ。依頼主様の氏名、住所、電話番号、依頼内容。ペットの散歩や家出捕獲を頼まれた場合は、ペットの種類、年齢、性別、特徴、性格、癖などのデータもきちんと入れている。餌の好みや量や、その個体に応じた禁忌の食べ物や……。
ううう、やっぱりパソコンが無いと困る。一応、お得意様の依頼内容は逐一覚えているけれどもさ。きめ細かいサービスを目指す当社(?)といたしましては、ご依頼内容に添いつつも、新しいサービスを提案していかなければならないじゃないか。
ファーストフード店の、「シーズン限定の、こちらの商品はいかがでございますか?」みたいなもんだけど。つまり、メインのハンバーガーの他にも、ポテトやパイやサラダもお召し上がりになってみてはいかがでしょう? と提案して、買ってもらえればラッキー! みたいな。
結論。やっぱり──
「パソコン、必要だよなぁ」
無意識に呟いていた。そんな俺を、葵は不思議そうに見つめている。
「パソコンがどうかした? 元気ないのはそれが原因?」
「まあ、ね……」
寒風吹きすさぶホームのベンチに座り、俺は葵にこれまでの経緯を説明していた。
不用意にパソコン本体電源ケーブルを抜き差ししたことが原因で、電源が入らなくなってしまったこと、現物を持って近所の電気屋に行ったら、本体は無事だがアダプタがイカれてしまっているということが分かったこと、そこにはそういったパーツが無いので、電気街に出向いたけれど、古いノートパソコン故、適合する純正のアダプタの在庫はどの店で聞いても無いと言われたこと。
智晴に叱られたことは言わなかった。だって、バツが悪いじゃないか。なのに、葵は開口一番、
「智晴さんには相談してみたんですか?」
俺はぐっと詰まった。その反応で悟ったのか、葵は生温い笑みを見せた。
青年は礼儀正しく挨拶してきた。六月の眩しい日差しがよみがえる。あの頃はあんなに暑かったのに、今はこんなに寒い。何でだ。それは太陽の周りを公転する地球の地軸が傾いているからだ、と心の中で独り問答する。
「久しぶり。葵くんだよね?」
葵は面白そうに目を細めた。猫みたいだ。
「芙蓉だとは思わなかったんですか?」
兄の名を出し、逆に問いかける。俺は首を傾げた。そういえば、こいつらは一卵性の双子だった。だけど。
「思わなかった。君らはそっくりだけど、そっくりじゃない」
俺の言葉に、あはは、と葵は笑った。
「そりゃあね。芙蓉はあの年で既に自立してるし、一児の子持ちだし。けど、俺はまだ学生だしね。芙蓉には世話を掛けっ放しだよ」
「いや、そういうことじゃなく」
俺は苦笑した。
「きみは常に変わらず男性だけど、芙蓉くんの場合は、『女性、時々男性。時によりあるいは気分により、男か女か変わるでしょう』な人だからな」
そう。葵の一卵性の双子のきょうだいは、衣装倒錯者なのだ。一卵性というからには、性別はもちろん葵と同じ男性。けれど、女装をした芙蓉は女以上に女だった。
「人の兄貴を、天気予報みたいに言わないでよ。本当にもう、相変わらず面白い人だね、あなた」
葵は吹き出す。
だってさ。芙蓉ってマジそういうヤツだし。
「俺だって、同じ顔ながら、芙蓉って『大和おのこの七変化』だと思うけどさ」
何だ、その微妙なパロディは。しかも古い。
そう突っ込みつつ、俺もついノってしまう。
「いや、『キューティー○ニー』じゃないか?」
「空中○素固定装置を内蔵してるって?」
葵が訊ねてくる。おい、肩が震えてるぞ?
「うーん、芙蓉のハ○ーフラッシュは想像したくないなぁ」
楽しくないだろ、男だし。
しみじみ答えると、またもや葵が吹き出した。爆笑してるよ、おい。
「そんなにウケた?」
俺の問いに、葵は涙をにじませて頷く。
いいなぁ。この程度でそんなに笑えて。俺は溜息をついた。ああ、エコロジーバッグに入れたノートパソコンが重い。
ひとしきり笑ってから、不思議そうに葵は聞いてきた。
「どうしたの? 何だかテンション低いじゃない」
そう言われても、今日はさすがに元気が出ないよ。パソコン、新しく買うしかないのかなぁ。
「いや、うん……」
地域密着型の何でも屋にパソコンが必須かと聞かれたら、そんなことはない、と答えるけれど、あった方が便利なのは確かだ。家出・迷子ペット探しが大きな割合を占める当社(?)といたしましては、最新のペット情報もチェックしておかなければならないし、その生き物の生態なんかも研究しなくちゃならない。
それに、このパソコンで顧客管理もしているのだ。依頼主様の氏名、住所、電話番号、依頼内容。ペットの散歩や家出捕獲を頼まれた場合は、ペットの種類、年齢、性別、特徴、性格、癖などのデータもきちんと入れている。餌の好みや量や、その個体に応じた禁忌の食べ物や……。
ううう、やっぱりパソコンが無いと困る。一応、お得意様の依頼内容は逐一覚えているけれどもさ。きめ細かいサービスを目指す当社(?)といたしましては、ご依頼内容に添いつつも、新しいサービスを提案していかなければならないじゃないか。
ファーストフード店の、「シーズン限定の、こちらの商品はいかがでございますか?」みたいなもんだけど。つまり、メインのハンバーガーの他にも、ポテトやパイやサラダもお召し上がりになってみてはいかがでしょう? と提案して、買ってもらえればラッキー! みたいな。
結論。やっぱり──
「パソコン、必要だよなぁ」
無意識に呟いていた。そんな俺を、葵は不思議そうに見つめている。
「パソコンがどうかした? 元気ないのはそれが原因?」
「まあ、ね……」
寒風吹きすさぶホームのベンチに座り、俺は葵にこれまでの経緯を説明していた。
不用意にパソコン本体電源ケーブルを抜き差ししたことが原因で、電源が入らなくなってしまったこと、現物を持って近所の電気屋に行ったら、本体は無事だがアダプタがイカれてしまっているということが分かったこと、そこにはそういったパーツが無いので、電気街に出向いたけれど、古いノートパソコン故、適合する純正のアダプタの在庫はどの店で聞いても無いと言われたこと。
智晴に叱られたことは言わなかった。だって、バツが悪いじゃないか。なのに、葵は開口一番、
「智晴さんには相談してみたんですか?」
俺はぐっと詰まった。その反応で悟ったのか、葵は生温い笑みを見せた。