第179話 今年のお盆・送り火

文字数 1,452文字

八月十六日

今年の夏は特に暑い。

なんてな。毎年そう思ってしまう。けど今年の夏は、去年より確実に過ごしやすい。日々それを実感している。

何しろ、去年までのエアコンは効きの悪い年代物だったけど、今年はぴんぴんの新品だ。俺の甲斐性じゃないけど、盆で帰ってきた父や母、双子の弟は安心してくれただろうか──。

屋上で送り火を焚きながら、俺はぼんやりとそんなことを考えている。

薄く立ち上る白い煙は、すぐにビル風に吹き散らされてしまう。このところ、朝、昼と猛烈に照って、夕方から雷を伴った大雨が降る日が続いている。今日もそろそろ天気が急変するのかもしれない。

今年の盆は、何事もなく過ぎた。去年は色々ありすぎて……とてもひと言では言い表せない。どうでもいいけど、刑事だった弟の、同僚だの後輩だの先輩だのから事あるごとに「是非、逮捕術の模範演技を!」と頼まれるのが辛い。

だから、あの時の俺は俺じゃなかったんだってば。

そういえば、どこからどう事件のことを聞いたのか、あの後、このボロビルの家主でもある友人からメールが来たっけ。

たったひと言。

『お憑かれさま。』

おい、どういう意味だよ。ううう。
あんたなんか、あんたなんか! そう、<ひまわり荘の変人>のくせに!






八月十七日 お土産長者?

このところ、お得意様から海外旅行土産や帰省土産、温泉旅行土産をよくもらう。お盆休みを前後にずらせたり、大胆にも陸路空路混み混み真っ最中に出かけた人たちが、五月雨式に帰ってくるせいだ。

サービスで、留守宅のパトロールもやってたからな。朝夕の犬散歩のついでにちょこちょこ回ってただけだけど、そういうのでも十分空き巣のヤル気が殺がれるものだと巡回のお巡りさんも言っていた。あ、この辺りの交番のお巡りさんたちとは以前から顔なじみなんだ、俺。

仕事柄、依頼者の庭で黙々と草むしりしてたり、たまに屋根に上ってごそごそしてたりしてるからなぁ(樋の掃除とか、風で飛んだ洗濯物を拾いに行くとか)。不審者と間違われないためにも、顔繋ぎは大切だ。

お土産のお陰で、酒や甘いものや漬物には困らないけど、米が無い。買いに行かなきゃならないんだが、忙しすぎてその暇がないんだ。

こういうのって、ちょっと「医者の不養生」に似ているような気がする。

え? ちょっと違う?

んじゃ、「紺屋の白袴」。仕事だから人の買い物には行けても、自分のものを買う暇がない。そういえば、トイレットペーパーも切れかけてたっけ……。

今夜は何を食べようか。小田中さんにもらったマカダミアナッツチョコレートか、あるいは、浜口さんにもらった温泉饅頭か。

うう。甘いものばっかり。

かといって、辛いものだと塩辛とか明太子とかスルメになるし……。
これって贅沢? 俺、実は酒とバラの日々?

けど、偏ったもの食べてると元義弟の智晴やら元妻、娘のののかにも責められるし……。

と、悩んでいたら、今日ヨーロッパ旅行から帰ってきた嶋崎さんが、ドイツ土産の黒パンとレバーペースト、ハーブ入りのクリームチーズをくれた。たしか、杉原さんからもらったいちじくのジャムなんかもあったし、村本さんの帰省土産は桃だ。

何だかんだで、いつもよりリッチな食卓かも。

……いちじくのジャム、ののかにも食べさせてやりたいなぁ。去年、ヨーグルトにのせて出してやったら、ものすごく気に入ったみたいだった。

ふう。

今年も盆が過ぎて、そろそろ秋風が立つ。
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