第188話 火事の予兆は赤いひらひら?

文字数 1,104文字

十二月十九日

冬至まであと三日。夕方五時をちょっと過ぎるともう真っ暗。

あー、月がきれいだなぁ。冴えた空に浮かぶ、満月にちょっとだけ足りない白い月。お陰で、暗いはずの夜道もそう心細くない。そんなことを思いながらぼーっと歩いてたら。

視界の隅に、何か動くものがあるのに気づいて顔を上げた。斜め前の家、二階あたりで何か赤いものがひらひらはためいている。

それを見た途端、俺はぞっとした。

なんでぞっとしたかっていうと……怖い話、聞いちゃったんだよな、このあいだ吉田の爺さんと将棋打ってる時。昔の怪談らしいんだけど……。

ある男が夜、寄り合いから帰る途中、屋根の上で沢山の赤い布がひらひらとしている家を見た。妙だな、と思いながら帰宅した男だったが、その翌日、件の家が火事で焼け落ちたと聞いて、「あの赤い布は、炎の幽霊だったのか」と恐れ慄き、そのまま熱が出て、三日三晩生死の境をさまよったという。

……な、怖いだろ?

今、俺が目にしてる赤いひらひらしたのが、もしかしてそういう感じのものだったりしたら……どうしよう?

どうしようったって、どうにもならないよな。だってさ、仮に俺がここの家の人にそれを訴えたとして、そんなこと信じてもらえるわけがないじゃないか。不審者として警察を呼ばれるのがオチだ。

でも、気になる、あの赤いひらひら……。知らぬふりして立ち去るべきなんだろうか。

月明かりの下、内心激しく葛藤していたら。

いきなり、本当にいきなり強い風が吹いた。巻き上げられた砂埃が、俺の目を襲う。

「痛っ…!」

思わず、その場に膝をついて悶絶する俺。まともに砂が目に入って、痛い。涙がだらだら出て、鼻もずるずる出る。

それでもなんとか痛みを我慢し、涙が砂を洗い流してくれるのをただひたすら待つ。

どれくらい時間が経ったのか分からないが、何とか目が開けられるようになった。ひどく長い時間に感じられたが、多分ほんの一分も経ってないんじゃないだろうか。

目をしぱしぱさせながら、赤いのがひらひらしていた場所を見た。
が。無い。さっきまで確かにあったひらひらが無い。

どこへ行ったんだろう。

……
……

うん。あれはきっと目の錯覚だったんだ。疲れてるんだな、俺。早く家に帰ってメシ喰って風呂入って寝よう。




翌日。もちろんその家は火事になんてなっていなかった。俺はホッとした。怪談を真に受けて寝不足になるなんて、いいトシしてまったくなってないよな。きっとあれは、月が見せた幻だったんだ。



その家で、小火があったと知ったのは、それから五日後のことだった──。
偶然、だよな?
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