第148話 マレーネな夜 1

文字数 2,200文字

それは一月入って十八日めのこと──。



「何かする時は、電源は必ず切る。コンセントを抜く。そう教えましたよね?」

智晴が溜息をつく。

「お、教わったけど……」

教わったけど、やっちゃった。パソコンの電源。アダプタのコンセントを挿したまま、本体側で抜き挿ししたら、パシっという小さな音とともに何やらきな臭い臭いが……それ以降、画面は真っ暗。

慌てていったんコンセントを抜き、ちゃんとした手順でやり直したのに、パソコンはうんともすんとも言わない。焦った俺は、つい携帯で義弟に助けを求めたのだった。いや、だって。俺、機械オンチだし。

「まさかこんなことになるなんて思わなくて……」

もごもごと呟く俺を、智晴がジロリと睨みつけた。

外は雪。ブラインドの隙間の向こうはすっかり鉛色。窓から伝わる冷気が、冷たい。今の智晴の視線とどっちが冷たいやら。

「急がば回れ、という言葉は知ってますよね?」

あああ、声まで冷たい。まるでブリザードだ。見えない雪嵐に押されるように、俺はこくこくと無意識に頷いていた。

 「面倒だからと手順を守らないからこうなるんです。下手に近道しようとするから、足を踏み外す」

おっしゃることはよく分かりましたから。お許しください、智晴大明神。

「わ、悪かった」

「僕に謝られても、困るんですけどね」

はぁっ、と智晴は苛立たしげに自分の前髪をかき上げた。

「で、その……これはどうすれば」

いいのですか、智晴様。

思わず、縋るような視線を向けていたかもしれない。智晴は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「……そんな眼で見たってダメですよ。僕が少しばかりこういうのに詳しいから呼んだんでしょうが、僕にだって出来ることと出来ないことがあるんですよ。あなたの説明が要領を得ないんで分かりませんでしたが、これは完全に機械的な故障です」

き、機械的な故障ってナニ? もう直らないってこと? マウスをカチカチやったり、キーボードをダダダッと叩いたりしてもダメなのか?

「壊れたのが本体か、アダプタか……確認するには、同型のアダプタが必要だな」

溜息をつきつつ、智晴は呟いている。
よく分からないながら、俺はおののいていた。そんなにマズイことになっているのか?

「これはもう、専門店に持って行くしかないですね」

「そ、そうなのか?」

そうですよ、と智晴は冷たく答えた。

「餅は餅屋、という言葉があるでしょう? だいたい、ここには必要な機器がないですしね」

そういうものなのか……。
俺は項垂れた。

「だけど……このノートパソコン、かなり前のだから、適合するアダプタがまだあるかどうか……」

智晴がまた不吉なことを呟いている。

元はといえば、俺の不注意が原因なんだが、俺には理解出来ない部分でひとり納得している智晴を見ていると、何だか理不尽な怒りが湧いてきた。

「もういい、分かった」

「何が分かったっていうんです?」

アダプタをためつすがめつしながら、上の空で智晴が答える。パソコン本体への差込口の形を見ながら、何か考え込んでいるようだ。

「餅は餅屋だっていうんだろ? だから餅屋に行ってくる」

「餅屋って……」

呆れたような顔に、またムッとする。俺も修行が足りないぜ。って、修行なんかしたことないけど。








そんなわけで、俺は今電気屋にいる。

智晴の言うところの、「餅は餅屋」。家電(で、いいよな? パソコン)のことなら電気屋へ。

が。今、俺の心には今冷た~い木枯らしが吹き荒れている。

耳に銀色のピアスをじゃらじゃらつけた愛想だけはいい店員が、俺には謎の器具で調べてくれたところによると、ノートパソコン本体は壊れていないらしい。一瞬喜んだ俺だが、本当に瞬き一つ分の喜びだった。

「お客さん、申しわけないんですが、このタイプのアダプタ、うちでは置いてないんですよ」

「え? でも、パソコンは壊れてないんですよね?」

「そうなんですけど……」

店員は毛先の荒れた茶色い前髪をばさっとかき上げた。困ったな、というような顔をしている。何をそんなに困ってるんだ、青年!

「壊れてないんだから、コンセントに繋げばいいんでしょ?」

「いや、だから」

店員はさらに困った顔をした。何だ何だ。だんだん不吉な予感がしてきたぞ。

「コンセントに繋ぐには、このパソコンに合ったアダプタが必要なんですよ。他のアダプタじゃダメなんです」

「え……」

そんな。

「CDプレイヤーのアダプタはダメなんですか?」

俺の持ってるプレイヤーには、四角いアダプタが付属していたはずだ。

「ダメですね」

店員は頷く。

「テプラのアダプタは?」

「それも、ダメです」

店員は無情にも首を横に振った。

うなだれる俺に、店員は色々説明してくれたが、俺にはちんぷんかんぷんだった。だから、俺は機械オンチなんだってば!

「……とにかく、インプットとアウトプットが許容範囲でないとダメなんです。合わないのを無理に使うと、下手をしたら火を吹くことになりますよ」

さり気なく脅しつつ、店員は小さく溜息をついていた。かなり憔悴しているようだ。ごめんよ、俺だって悪気は無いんだよ。だけど、分からないものはしょうがないじゃないか。

うう。
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