第151話 マレーネな夜 4
文字数 1,828文字
「いや、その、だな……」
何か言おうとするのに、やっぱり言葉の出ない俺。葵は堪えきれないように喉の奥で笑ってる。
それから。
「ふーん。まあ、いいことにしようか。俺はセカンドオピニオンということで」
わざとらし~くそう言ったかと思うと。
またもや。まるで温泉卵のように(?)にぃ~っこり。してみせた。
ああ、何て胡散臭い笑顔なんだ、葵よ。きみが縁切った父ちゃんの、あの筋金入りの強烈な笑い仮面には到底及ばないな!
……なんて逃避してもしょうがないか。
うう、やっぱり一番に智晴に助けを求めたことはバレてるんだな。だってしょうがないじゃないか。パソコンなんて謎の箱だし。……元の設定をやったのは元妻だし、今の住所に移ってからの設定をやったのは智晴だ。
ああ、俺って……。
いいんだよ! ソフトは使えるんだから。
心の中で吠えつつ、ニヤニヤと楽しそうに笑っている葵を睨み……つけたりはしない。社会人だし。
「で、そのパソコン、どこのメーカーの何ていう機種なの?」
ぽん、と至極まっとうな事をを聞かれ、俺は鬱々とした物思いから覚めた(大袈裟だな)。
「あー、どこのメーカーっていうか、これ」
俺はエコバッグを開き、中のノートパソコンとアダプタを葵に見せた。
「あ、これ? かなり前のじゃない。このOSのサポート、もう終わったはずだけど」
俺には意味不明なことを呟く葵。
終わってる? 終わってるのか、それ? 電気屋の兄さんたちにも古いって言われたけど……やっぱり、買い換えるしかないのか?
ふ、懐が……。
ちょっと泣きたい気分になった時、葵は意外なことを言った。
「うーん、だけどさ、これと同じタイプのノートパソコン、芙蓉が持ってたよ、確か」
「え、そうなのか?」
葵は頷く。
「夏子さんのものらしいんだ」
夏子さん、というのは、芙蓉の亡くなった妻の名前だ。衣装倒錯という性癖のせいで父親に捨てられ、行き場のなくなった芙蓉を保護し、慈しんでくれた、暖かい女性。その彼女も実は衣装倒錯者で、見た目はフェロモン全開の美丈夫だったらしい。俺も見せてもらったが、女装の芙蓉と並んだ写真は、美男美女というか、美女美男というか。
ふたりの間に生まれた夏樹くんも、ちょっとその辺にいないくらいかわいい子だ。いや、俺にはののかの方がかわいいけどな。それより、今年二十二か二十三歳の芙蓉の息子と、今年……歳の俺の娘が同い年でこの春から小学一年生っていうのが……何だか不思議な感じだ。
年の差はあっても、彼らは似合いの夫婦だったという。夏子さんが病気で亡くならなければ、夏樹くんの入学式にはきっと二人で行っただろう。芙蓉は女装して、夏子さんは男装して。……芙蓉、彼女に見せたかっただろうな。息子の晴れ姿。
「……そうか。大切に使ってるんだろうな」
俺の言葉に葵は頷いてみせたが、残念そうに付け加えた。
「そうなんだけど、壊れたんだ。だから今は新しいのを使ってる。捨ててはいないけどね。あの時の芙蓉、かなり落ち込んでた」
「もう直せないのか?」
「うん。ダメらしい。詳しい人にも見てもらったんだけど……データは元々ハードディスク以外にも保存する習慣だったから、そっちの方は大丈夫なんだけどね」
「そっか」
俺はそれ以上何も言えなかった。形見の品物が壊れたら、そりゃ落ち込むだろう。同じ型でも、俺のパソコンとは意味が違う。中の設定をしてくれた元妻は生きてるし、会おうと思えばいつでも会える。
「あなたのは、アダプタがダメになっただけなんだよね?」
しばしの沈黙の後、葵が訊ねてきた。俺は頷く。
「うん。本体は無事なんだよ。それなのに、もう使えないなんてさ。だけど、規格の合わないアダプタを使ったら発熱とか発火とか言われたら、もう諦めるしかないよな……」
はあ。溜息が出る。芙蓉ほどじゃなくても、俺は俺で深刻なんだよなぁ。
そうだ。新しいの買うなら、カタログもらってくりゃ良かった。あー、ボケてるよ、俺。
そんなことを考えていると、葵が携帯で誰かと話しだした。俺ももう帰ろう。仕事だ、仕事。
「あ、ちょっと待って」
手を振って帰りかけた俺を、葵が呼び止めた。
「今、芙蓉に聞いてみたんだけど」
ん? 何を?
立ち止まって振り返った俺に、葵はありがたい報せをくれた。
「アダプタ、あなたにあげてもいいって」
何か言おうとするのに、やっぱり言葉の出ない俺。葵は堪えきれないように喉の奥で笑ってる。
それから。
「ふーん。まあ、いいことにしようか。俺はセカンドオピニオンということで」
わざとらし~くそう言ったかと思うと。
またもや。まるで温泉卵のように(?)にぃ~っこり。してみせた。
ああ、何て胡散臭い笑顔なんだ、葵よ。きみが縁切った父ちゃんの、あの筋金入りの強烈な笑い仮面には到底及ばないな!
……なんて逃避してもしょうがないか。
うう、やっぱり一番に智晴に助けを求めたことはバレてるんだな。だってしょうがないじゃないか。パソコンなんて謎の箱だし。……元の設定をやったのは元妻だし、今の住所に移ってからの設定をやったのは智晴だ。
ああ、俺って……。
いいんだよ! ソフトは使えるんだから。
心の中で吠えつつ、ニヤニヤと楽しそうに笑っている葵を睨み……つけたりはしない。社会人だし。
「で、そのパソコン、どこのメーカーの何ていう機種なの?」
ぽん、と至極まっとうな事をを聞かれ、俺は鬱々とした物思いから覚めた(大袈裟だな)。
「あー、どこのメーカーっていうか、これ」
俺はエコバッグを開き、中のノートパソコンとアダプタを葵に見せた。
「あ、これ? かなり前のじゃない。このOSのサポート、もう終わったはずだけど」
俺には意味不明なことを呟く葵。
終わってる? 終わってるのか、それ? 電気屋の兄さんたちにも古いって言われたけど……やっぱり、買い換えるしかないのか?
ふ、懐が……。
ちょっと泣きたい気分になった時、葵は意外なことを言った。
「うーん、だけどさ、これと同じタイプのノートパソコン、芙蓉が持ってたよ、確か」
「え、そうなのか?」
葵は頷く。
「夏子さんのものらしいんだ」
夏子さん、というのは、芙蓉の亡くなった妻の名前だ。衣装倒錯という性癖のせいで父親に捨てられ、行き場のなくなった芙蓉を保護し、慈しんでくれた、暖かい女性。その彼女も実は衣装倒錯者で、見た目はフェロモン全開の美丈夫だったらしい。俺も見せてもらったが、女装の芙蓉と並んだ写真は、美男美女というか、美女美男というか。
ふたりの間に生まれた夏樹くんも、ちょっとその辺にいないくらいかわいい子だ。いや、俺にはののかの方がかわいいけどな。それより、今年二十二か二十三歳の芙蓉の息子と、今年……歳の俺の娘が同い年でこの春から小学一年生っていうのが……何だか不思議な感じだ。
年の差はあっても、彼らは似合いの夫婦だったという。夏子さんが病気で亡くならなければ、夏樹くんの入学式にはきっと二人で行っただろう。芙蓉は女装して、夏子さんは男装して。……芙蓉、彼女に見せたかっただろうな。息子の晴れ姿。
「……そうか。大切に使ってるんだろうな」
俺の言葉に葵は頷いてみせたが、残念そうに付け加えた。
「そうなんだけど、壊れたんだ。だから今は新しいのを使ってる。捨ててはいないけどね。あの時の芙蓉、かなり落ち込んでた」
「もう直せないのか?」
「うん。ダメらしい。詳しい人にも見てもらったんだけど……データは元々ハードディスク以外にも保存する習慣だったから、そっちの方は大丈夫なんだけどね」
「そっか」
俺はそれ以上何も言えなかった。形見の品物が壊れたら、そりゃ落ち込むだろう。同じ型でも、俺のパソコンとは意味が違う。中の設定をしてくれた元妻は生きてるし、会おうと思えばいつでも会える。
「あなたのは、アダプタがダメになっただけなんだよね?」
しばしの沈黙の後、葵が訊ねてきた。俺は頷く。
「うん。本体は無事なんだよ。それなのに、もう使えないなんてさ。だけど、規格の合わないアダプタを使ったら発熱とか発火とか言われたら、もう諦めるしかないよな……」
はあ。溜息が出る。芙蓉ほどじゃなくても、俺は俺で深刻なんだよなぁ。
そうだ。新しいの買うなら、カタログもらってくりゃ良かった。あー、ボケてるよ、俺。
そんなことを考えていると、葵が携帯で誰かと話しだした。俺ももう帰ろう。仕事だ、仕事。
「あ、ちょっと待って」
手を振って帰りかけた俺を、葵が呼び止めた。
「今、芙蓉に聞いてみたんだけど」
ん? 何を?
立ち止まって振り返った俺に、葵はありがたい報せをくれた。
「アダプタ、あなたにあげてもいいって」