第41話 俺が女装……?

文字数 3,181文字


はあ。俺はひっそりと息をつく。
これからどうしようか。──いや、どうすればいいんだろう、だな。

だいたい、いつまでこの部屋にいなければならないんだろう。多分、もう元の部屋には戻れない。怖いおじさんの一人くらいは残ってるかもしれないし、そうでなければ盗聴器くらい仕掛けてあるだろう。

俺だってそれくらいは想像出来るんだ。

で、赤外線トラップが張ってあったり、ドアを開けた途端ナイフが飛んできたり、壁がひっくり返ったり吊り天井が落ちたりするんだ──って、俺想像しすぎ? しかも微妙に忍者屋敷ふう?

こんな高級ホテルの客室の天井が、吊り天井なわけないだろうが、と自分にツッコミを入れる。

「この部屋から出られるようになったら、その後どうする?」

俺は双子に訊ねた。

「俺は誰かに守られてるかもしれないが、同時に何者かに狙われている。その俺と一緒にいたというだけでも危ないはずだが……」

二人は真剣な顔で聞いている。

「君たちは君たちで危ないことに首を突っ込んでいるよな? つまり、高山氏のダークサイドを探っているってことだけど」

「そうよ。そして、そのダークサイドとあなたを狙っている誰かは、下手くそに切ったカマボコみたいに下で繋がっている。これは確かなことよ」

芙蓉が言う。俺も頷いた。

「鍵は、偽ヘカテだな」

俺は呟いた。

「弟を殺した人間は、高山氏のダークサイドにも関わりがある。そういうことなんだ」

「そのことなんだけど……」

葵が苦しい表情で、言いにくそうに視線を下に向けた。睫毛長いな~。俺はぼーっとそれを眺めていた。

「もしかしたら、高山が……父があなたの弟さんを殺したのかもしれない……」

懺悔するように頭を垂れ、言葉をつまらせた。

「あ。それはない」

「え?」

俺がお軽く答えたものだから、芙蓉もぽかんを俺を見ている。

「どうしてそうだと言い切れるの?」

「んーと」

俺は天井を見上げ、ぽりぽりと頬を掻いた。

「<まだ人を殺してはいないという程度の悪党>らしいよ。高山氏は」

「悪党だっていうのはは否定しないけど、人を殺していないというのは……」

暗い瞳で葵が呟くのを、俺は制した。

「大丈夫。それ言ったの、この部屋を用意してくれた人だから。あの人の言うことなら真実だよ」

「本当に?」

「本当。彼は嘘はつかない。知っていても黙っていることの方が多いけど、口にすることは全て真実だ。そうでなければ勤まらない仕事をあの人はやってるから」

そう。“風見鶏”は信用第一の情報屋だ。
どんなウルトラCなみのテクニックを使って集めているのか知らないけれど、情報の価値は速さと、その正確さにあるということを、彼はよく知ってるんだと思う。

と、その時、<三時の鳩時計>が鳴った。俺の携帯だ。噂をすれば、か?
確認すると、やはり“風見鶏”からのメールだった。

『18時になったら全員変装してその部屋から出ること。クローゼットの中を見ろ。行き先は直前に知らせる』

「変装って……」

俺は呟いた。芙蓉と葵が物問いたげにこちらを見ている。
うーんと唸る。“風見鶏”、どういうつもりだ?

「今のは、この部屋を用意してくれた人からのメール。全員変装して、十八時になったらこの部屋を出ろって」

「出て、それからどこへ行けと?」

葵が問う。

「それは、また後で知らせてくるそうだ」

双子はただ無言で見つめてくる。ふう。俺は溜息をついた。

「胡散臭いよな? 俺もそう思うよ。けど、このままここから出て行って大丈夫かというと、状況的にそれも微妙なような気がするし」

言いながら、俺はクローゼットの扉を開いた。

あー、昔、こんなクローゼットの中からモンスターの出てくる映画があったなぁ。

あのモンスター、若い博士だけは殺さずに抱えて歩いてたけど、彼に惚れてたのかな? 異種間恋愛?

──つまんないことを考えた。 

「えっと、ここに変装用の服を置いてくれてるみたいだよ」

中には、モンスターの代わりに服が何着かかかっていた。小さなサイズは子供服か。……女の子の服に見えるんだけど。

「もしかして、夏樹くんの変装用?」

それを手に、悩む。“風見鶏”のセンスを疑った。それはまるでリトル・プリンセス、といった感じの淡いピンクのワンピースで、襟元と袖、裾に白いフリルがたっぷりとついている。

ののかに似合いそう……って! 何考えてるんだ、“風見鶏”。変装って女装のことかよ? まあ、これくらいの子供は天使と同じで性別不詳だし、などと考えていた自分が甘かったと知ったのは数秒後。

男性用衣類が二着ぶん、女性用が一着。

「なあ、これって、さ……」

俺は口ごもった。その先を言葉にするのが怖かったからだ。

「あなたがこっちを着るのは無理だと思うから、それがあなたの変装用衣装じゃないかしら?」

ああ、芙蓉。そんな簡単に言ってくれるな。

二着の男性用衣類は全く同じサイズ。双子にはジャストサイズのようだが、俺には合わない。ということは、消去法で行くと……。

「お、俺に女装しろっていうの、か!」

俺は思わず叫び、そうになったが、なんとか堪えた。

泣きたい。
俺は心の中で涙を拭いていた。

なのに……。

絶対に女装なんてしたくなかったのに、『でも、あなたのサイズの服は、ここにはこれしかないわよね?』と芙蓉に押し切られてしまった。

恨むぜ、“風見鶏”。

嫌がる俺に、半ば力ずくで女の服を着せた芙蓉は、嬉々としてさらに化粧まで施した。自分で化粧をするのはもちろん好きだが、他人にメイクをするのもとても楽しいらしい。

本気の抵抗が出来なかったのは、“風見鶏”の指示だからというのもあるが、本当の性別を知っていてさえ、芙蓉が<女>にしか見えないということが大きい。

女性に乱暴なことは出来ないよ。力は男だったけど。
ズルイぞ、芙蓉。

結果、俺は梅沢富○男ばりの大変身を遂げた。

さすが女装のエキスパート・芙蓉。女の服を着た時の、男のみっともない部分をよく分かっていて、俺のそれなりに広い肩幅やゴツイ腰をカバーするような着こなしをさせている。ロングヘアのウィッグまでかぶせられたぜ。

バスルームに連れて行かれ、脛毛を剃られたのは情けなかった。「脛毛は社会の迷惑なのよ!」と鬼気迫る説得をされ、言い返せなかったのだ。ストッキングからはみ出す脛毛を想像してしまったのが敗因だ……。

背の高い女性用のワンピースは、淡いシャンパン・ゴールド。襟ぐりが四角に開き、袖は二の腕の筋肉を分かりにくくする七分袖。膝下まであるスカートの裾がひらひら軽くて頼りない。アウターにひびくと脅され、いやいやながらトランクスからボクサーパンツに穿き替えた。なんと、“風見鶏”は下着まで新品を置いていやがったのだ。

なぜかTバックまであったが、それは断固として拒否した。芙蓉は不満そうだったが、それだけは譲れない。男の股間、いや、沽券にかかわる。

襟元に生成り色のシルク・ストールをあしらわれると、喉仏も上手く隠れてしまい、恐ろしいことに鏡に映った姿はきっちりと女に見えてしまった。もし俺の双子の弟が生きていても、これが兄とは分かるまい。ヌーブラなるものを貼り付けられているので、胸も自然にふくらんで見えるのだ。怖い。

ダークブラウンのロングヘアに、技巧のかぎりを尽くしたようなメイクアップ。上等のレース手袋。パールホワイトのハイヒール。どこから見ても、セレブなマダム。

こんな姿、絶対ののかには見せられない!
元妻にも元義弟の智晴にも、絶対絶対見せられない!

誰か俺を助けてくれ、頼む……。
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