第347話 布団日和 後編 色違いの猫たまご
文字数 1,428文字
「ちょっと熱を取ってから、押入れに入れたほうがいいですね」
布団乾燥機を掛けたみたいに熱を持ってる。十月も終わりというのに、今日の日差しはきついもんなぁ。
「そうね、押入れは自分で入れられるから──あら?」
頷きかけた沢本さんは、何かを見つけたように掃き出し窓から玄関に回り、庭履きを履いて引き戸脇を見に行った。どうしたのかと付いて行くと、沢本さんはそこに設けられた郵便受けを検分するようだ。
「壊れてる?」
ここんちの郵便受けは埋め込み式で、取り出し口は塀の内側になってる。そのFRP で出来た取り出し口の箱の隅っこが、小さく割れてるんだ。
「割れてますね。多分、経年劣化でしょう」
うん。全体的に薄茶色っぽくなってるしな。
「あらあ……毎日同じように見てるのに、どうして今日まで気づかなかったのかしら。そういえば最近、雨の日に郵便物が湿ってることがあったのよ」
ここが壊れてたせいなのね、と沢本さんは割れた部分を指で弾く。
「良かったら、同じタイプの郵便受けを買ってきて取り付けましょうか? ホームセンターなんかにあると思いますよ」
提案してみると、それは助かるわ、と沢本さんは頷いて微笑んだ。
「この際だから、表側、今とは違う色のがいいわ。オレンジなんてどうかしら? 金木犀の色よ」
「そうですねぇ。どんな感じか実際に見てみるのもいいかもしれませんよ。買い物の時、ホームセンターに寄ってみたらどうでしょう? それか、ネットで通販もいいかも──その前に寸法を測らないと」
「そうね。長い物差しあったかしら……確か三十センチ物差しがどこかに──」
なんて話しながら、取り込んだ布団を置きっぱなしにした掃き出し窓に戻って来たら。そこにはふさふさの毛玉が三つ、転がっていた。
茶トラにサバに白黒のブチ。
野良の猫どもが、ふかふかに干し上がった布団の上でくるりん、と丸まっている。
「いつの間に……」
ちょっと目を離した隙に、どこから入ってきたんだこいつらは。俺が唖然としていると、沢本さんが笑い出した。
「なんだか、卵みたいね。色違いの猫たまご……!」
干したての布団、気持ち良さそうだわ──。そう言って沢本さんは笑う。人間に見つけられても知らん顔して寝てる姿がツボに嵌ったらしい。
「……ああ、おかしい! ほんの少しの間だったのに、もうこんなに熟睡してるなんて。猫って面白いわね……!」
目に涙まで滲ませて笑ってる沢本さん。聞いてみると、これまで野良猫が庭に入ってきたことはあっても、人の顔を見るとささーっと用心深く逃げてしまっていたらしい。それが、ふかふか布団の前ではこの体たらく。
「猫って本当に気まぐれなのね。よく分かったわ」
こっちでしゃべってる間も猫どもは丸くなったまま。耳だけがたまにぴくりと動いてる。
「気持ちよく寝てるところ悪いけど、そろそろよけてくれないかしら? 今度寝床を作ってあげるから」
沢本さんがそう言って布団を揺すっても、猫たちは片目を開けてこっちを見るだけ。沢本さんはまた笑ってる。きりがないので──。
「こらっ!」
大声を出してバシッと手を叩く。いきなりの音攻撃に、猫どもはソフトボールの玉が弾むように逃げて行った。その早い逃げ足に、また沢本さんが笑う。
金木犀の甘い匂いと、楽しそうな笑い声。遠くで猫も鳴いている。それは初秋の明るい日、楽しい日常のひと時。
空は青空日本晴れ。明日も天気になあれ!
──なーんてな。
とりあえず、もう一回竿に布団を広げて、布団叩きで猫の毛を落とすとしようか。
布団乾燥機を掛けたみたいに熱を持ってる。十月も終わりというのに、今日の日差しはきついもんなぁ。
「そうね、押入れは自分で入れられるから──あら?」
頷きかけた沢本さんは、何かを見つけたように掃き出し窓から玄関に回り、庭履きを履いて引き戸脇を見に行った。どうしたのかと付いて行くと、沢本さんはそこに設けられた郵便受けを検分するようだ。
「壊れてる?」
ここんちの郵便受けは埋め込み式で、取り出し口は塀の内側になってる。その
「割れてますね。多分、経年劣化でしょう」
うん。全体的に薄茶色っぽくなってるしな。
「あらあ……毎日同じように見てるのに、どうして今日まで気づかなかったのかしら。そういえば最近、雨の日に郵便物が湿ってることがあったのよ」
ここが壊れてたせいなのね、と沢本さんは割れた部分を指で弾く。
「良かったら、同じタイプの郵便受けを買ってきて取り付けましょうか? ホームセンターなんかにあると思いますよ」
提案してみると、それは助かるわ、と沢本さんは頷いて微笑んだ。
「この際だから、表側、今とは違う色のがいいわ。オレンジなんてどうかしら? 金木犀の色よ」
「そうですねぇ。どんな感じか実際に見てみるのもいいかもしれませんよ。買い物の時、ホームセンターに寄ってみたらどうでしょう? それか、ネットで通販もいいかも──その前に寸法を測らないと」
「そうね。長い物差しあったかしら……確か三十センチ物差しがどこかに──」
なんて話しながら、取り込んだ布団を置きっぱなしにした掃き出し窓に戻って来たら。そこにはふさふさの毛玉が三つ、転がっていた。
茶トラにサバに白黒のブチ。
野良の猫どもが、ふかふかに干し上がった布団の上でくるりん、と丸まっている。
「いつの間に……」
ちょっと目を離した隙に、どこから入ってきたんだこいつらは。俺が唖然としていると、沢本さんが笑い出した。
「なんだか、卵みたいね。色違いの猫たまご……!」
干したての布団、気持ち良さそうだわ──。そう言って沢本さんは笑う。人間に見つけられても知らん顔して寝てる姿がツボに嵌ったらしい。
「……ああ、おかしい! ほんの少しの間だったのに、もうこんなに熟睡してるなんて。猫って面白いわね……!」
目に涙まで滲ませて笑ってる沢本さん。聞いてみると、これまで野良猫が庭に入ってきたことはあっても、人の顔を見るとささーっと用心深く逃げてしまっていたらしい。それが、ふかふか布団の前ではこの体たらく。
「猫って本当に気まぐれなのね。よく分かったわ」
こっちでしゃべってる間も猫どもは丸くなったまま。耳だけがたまにぴくりと動いてる。
「気持ちよく寝てるところ悪いけど、そろそろよけてくれないかしら? 今度寝床を作ってあげるから」
沢本さんがそう言って布団を揺すっても、猫たちは片目を開けてこっちを見るだけ。沢本さんはまた笑ってる。きりがないので──。
「こらっ!」
大声を出してバシッと手を叩く。いきなりの音攻撃に、猫どもはソフトボールの玉が弾むように逃げて行った。その早い逃げ足に、また沢本さんが笑う。
金木犀の甘い匂いと、楽しそうな笑い声。遠くで猫も鳴いている。それは初秋の明るい日、楽しい日常のひと時。
空は青空日本晴れ。明日も天気になあれ!
──なーんてな。
とりあえず、もう一回竿に布団を広げて、布団叩きで猫の毛を落とすとしようか。