第190話 こんな松の内̟ぷらすアルファ

文字数 1,765文字

一月二日 こんな正月

正月二日目。

今日明日の仕事はペットの世話のみ。十二月が鬼のように忙しい代わり、一月ってわりと暇なんだよな、毎年。

で、正月前に頂いた数の子や昆布巻きなんかを肴に、昼間っからコタツで一杯やってるわけだ。夕方からまた犬の散歩に行かなきゃいけないから、そんなに過ごせないけど。

慈恩堂の真久部さんからもらった酒、美味い。知らない銘柄だけど、高そうだなぁ。酢レンコンも棒ダラも伊達巻もカマボコも黒豆もどれもみんな美味しい。

掛け流したラジオを聞きながら、ぼんやりする。膝の上には、居候の三毛猫。コタツの中が暑くなって出てきたらしい。

ほへ、とか、気の抜けた息をつきながら思う。

ちょっと寂しいけど。
こんな正月もいいかな。





一月四日 逃げる石鹸

風呂場で、石鹸に逃げられた。

つるっ、って何だ、つるって。バナナじゃないんだから、飛んで行くなよ。ど~こへ行ったかな♪ なんて歌ってる場合じゃないんだよ。

ここ、いびつな形のフロアに合わせて風呂場を作ってあるから、妙な隙間があるんだよなぁ。寝室だって全体的に三角形だし。

っと。

あ、あった。見えるけど手が届かない。しょうがないから、手早く身体を拭ってパジャマ着て(パンツも穿いたぞ)、上にフリースジャケットを羽織り(寒いんだよ)、台所から割り箸取ってきて、それ突き刺して石鹸を捕獲した。

……疲れた。





一月六日 犬との絆

強い風に混じって、雪の欠片みたいのが飛んでる。
……寒い。

それでも、グレートデンの伝さんと歩いてると、知らないうちに身体があったまってくる。

「寒くないかい、伝さん」

「おん!」

「そっか。今日も公園めぐりコース、行くか?」

「うぉん!」

元気良く返事してくれる伝さん。吐く息が白い。

「よーし、ちょっと走るか?」

「おんおん!」

リードを持ち直し、ジョギング程度の速さで走る。もっと早く走れるだろうに、伝さんはちゃんと俺に合わせてくれる。言葉は、通じてるのかそうでないのか分からないけど、気持ちはちゃんと通じてると思うんだ。

いい家庭犬だな、伝さんは。仔犬の頃から世話して、そんなふうに育てた吉井さんは、やっぱりいい飼い主なんだなぁ。





一月九日 洗濯物凍った

朝、干しておいた洗濯物、明るいうちに取り入れるの忘れた。

気づいたのは、夜も遅く九時半過ぎてから。慌てて屋上の物干し場に走ったけど、時、既に遅し。というか、遅すぎ。

パリパリに凍ってた。

昼間、せっかく天気が良かったのに……しょうがない。いったん取り入れて、また明日干そう。

あー、オリオン座がきれいだなぁ。凍って熨し烏賊みたいになってる洗濯物を抱えて、しばし夜空を見上げる。冬の星座は、寒ければ寒いほどきれいだ。

赤いのがベテルギウス、青いのがリゲル。

指差して教えてくれたのは、あれは誰だったっけか……。





一月十四日 寒すぎて、早口言葉

空は青いのに、強風にちらちら雪が混ざって、横殴りに飛んでいく。何かに似てるなぁ、と思った。ああ、花びらだ。桜の花びら。

梅は咲いたか、桜はまだかいな。

花の兄、と言われる梅の花(学生の頃、飲み会で教授が教えてくれた)も、この寒さだ、まだ眠ってることだろう。

新春とはいうけれど、春はまだまだ先だ。

うーん、「新春シャンソンショー」。三回言えればおなぐさみ。「バスガス爆発」もキツイなぁ。早口言葉でも唱えてなけりゃ、寒すぎて凍りそうだ。

とうきょうとっきょきょきゃきょく。あれ?





一月十六日 寝坊

俺、このトシでボケてきたのかな。不安になってきた。

パジャマのズボンの上から、チノパン穿いてたんだ。なんか歩きにくいと思ったら……いくら寒いからって、これはないと思う。

今朝はグレートデンの伝さんの朝の散歩を頼まれてたのに、うっかり寝坊してしまい、遅れそうになって慌ててたんだ。とはいえ、俺、何やってんだろう。

思わず落ち込んでたら。

「おん!」

気にするなよ、それより早く散歩行こうぜ、というように、俺を見上げる伝さん。慰めるみたいに、ほっぺたを舐めてくれた。

ちょ、ちょっと伝さん、くすぐったいって。
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