第271話 通りゃんせ猫と巻尺

文字数 1,599文字

・3月26日 祠の神様、猫を使わす?

女の人は腰を冷やしちゃいけないっていうけど。
男だってあんまり冷やさないほうがいいと思うんだ。

コンビニの前で姿勢悪くしゃがみ込んで、カップ麺やら菓子パン食べてる三人の少年たち。短いジャケットに腰パン? ていうのかな、あれ。尻が半分くらい見えてる。

見たくもないんだけど、ちょうど駐車場に車は停まってないし、道路から丸見えなんだ。

うわー、割れ目まで見えてるよ。こんな天気の良い昼間っからあいつら何やってるんだろ、春休みだからか? とか思いつつ、頼まれた買い物を積んだ自転車を押しながら歩いてたら、少年たちがいきなり悲鳴を上げて飛び上がったんで、びっくりした。

聞こえてきた会話から察するに、三人とも尻を怪我したらしく、「猫に引っ掻かれた!」とか叫んでる。なるほど、遠目だけど半ケツにあの特徴的な引っ掻き傷が見えるな。うわ、痛そう。

……だけど、俺ずっと見てたけど、周囲に猫なんかいなかったぞ。

ん? そういえば、コンビニの敷地の向こう側に、何故か野良猫のよく集まる古い祠があったっけ。祠の神さんが、「汚い尻を見せるのではないわ!」と見えない猫を遣わせたのかも……。

なーんてな。きっと腹を空かせた野良猫が、少年たちの食べ物を狙ってきたんだろう。俺が気づかなかっただけで。





・4月8日  忍ぶカメムシ

不意打ちの寒の戻り、冷えて疲れた身体には、熱めの風呂が芯からしみる。

思うさま長湯を楽しみ、ほっかほかになったあとは、さっさと布団にダイビングだ! 

暖かく心地よい眠りへの期待を胸に、手早く下着を身に着け、さあパジャマ代わりのジャージを着ようとした、その時。

なんか臭い。青臭い。
──この、草の臭い。これは!

慌ててパンツ脱いだら、恐れていた通り、中にカメムシがいた。いつの間に入りやがった! 外に洗濯物を干した時か? 取り入れて畳んだ時には見当たらなかったのに……

まだ動いているカメムシをティッシュで掴み、窓を開けて中身だけ捨てる。いや、だってさ。部屋のゴミ箱に捨てたら臭いがいつまでも残るじゃないか。

ああ、風呂から上がったら、即、布団に潜り込んで気持ちよく眠りにつくはずだったのに……

くそぉ、カメムシの最後っ屁め!





・5月12日 通りゃんせ猫と巻尺

俺がそこに足を踏み入れようとすると、どこからともなくいつもソイツが現れる。

ごろんと腹出して転がって。
パンチでてしてしてし!
キックで蹴り蹴り蹴り!

ごろんごろんごろん。
ぱしっ!
蹴りっ!
噛むっ!

……
……

なー、そこどいてくれよ、ブチの野良猫よ。俺がこの路地を通り抜けようとするたびにそうやって邪魔しに出てくるけど、何でなんだ。──実は構ってほしいのか?

この路地、商店街への近道なのになぁ。じゃれてるつもりなんだろうけど、けっこう本気でパンチとキックを繰り出してくるから、なかなかスルー出来ない。

ここは路地の細道。
だけど、この先に天神様はない。

「猫のくせに、通りゃんせするのはやめてくれー!」

そう言いながらブチ猫を跨ぎ越そうとするのに、さすが、猫パンチと猫キックを駆使して戦闘態勢をとるつわもの。なかなか通してくれない。

しょうがないなぁ……。

俺はウエストポーチから使い古しの巻尺を取り出した。一メートルほど引き出して、うりゃうりゃうりゃ! とヤツの目の前で躍らせる。

途端、跳ね起きるブチ猫。両手で捕らえて噛みついて、さらに蹴りを入れよう──としたところで、しゅるん、と引っ張り戻す。その間に位置を入れ替えていた俺は、「じゃーな!」と言い捨てて路地から脱出した。

ふう、ハードなミッションだったぜ。持ってて良かった紐代わり。猫じゃらしに最適だ。

さて、巻尺の本来の用途は計測。これから引越し下見のお手伝いで部屋のあちこちを計りまくらないといけない。通りゃんせ猫になんか構ってられないぜ!

……今度あの路地を通る時は、その辺でエノコロ草でも調達していくか。 
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