第97話 1月24日 お尋ね猫ポン太の家出理由
文字数 1,383文字
冷える。
薄っぺらいウィンドブレーカーの生地を通してして、冷気がしみこんでくる。下に着込んだセーターやフリースも役に立たない。動きやすい格好ってのは、じっとしてると寒いもんだ。
ううう。寒い。マジ寒い。今日は朝より夜のほうが冷えるとか、お天気お姉さんが言ってたが、本当だったのか。まったく、当たってほしくないときに限って当たるよな、天気予報。
俺はそれまでしゃがんでいた木陰から立ち上がり、腰を伸ばした。うー、寒さで固まってしまったみたいだ。いかんいかん、ぎっくり腰はそういう時になりやすいって近藤の爺さんが言ってた。さすがに、その予報(?)は当たってほしくない。
改めてしゃがみ、かじかむ両手に息を吹きかけようとした時だった。音もなく近づいた何者かが、背後から背中を駆け上がる!
「にぁああ」
俺の襟元に鼻を突っ込んで甘えた声を出すのは、シャム猫のくせにまん丸な顔をしている小山さんちのポン太くん。本日の「お尋ね猫」だ。
「にゃあ、じゃないよ、まったく。寒いのに、家出するなよ」
そう語り掛けつつ、ポン太くんを肩から下ろして胸元で抱える。また逃げ出されちゃ困るんで、用心のために首輪に手持ちのリードを引っ掛けた。
「さあ、帰ろうな。おじーちゃんが待ってるぞ」
木の根元に置いておいたペットキャリーにポン太くんを詰め込む。中にはちゃんと貼るタイプの使い捨てカイロをセットした上から薄いブランケットを被せてあるんだ。お猫様用の寒さ対策はばっちりだぜ。
「にゃ」
とひと声上げて、ポン太くんは大人しくキャリーに納まった。俺はなるべく揺らさないようにしてそれを持ち上げた。
……ポン太くんには変わった癖がある。いつもは家の中から外に出ようとしないのに、いきなり家出をし、一日中戻ってこない。そういう時は、何故か必ず夕方遅く、この木のそばに現れるのだそうだ。
「おにーちゃんと遊んでたのか?」
歩きながら、ポン太くんに声をかける。にゃーおぅ、と返事とも何ともつかぬ鳴き声が聞こえた。
数年前、この場所で、小山さんの高校生のお孫さんが家に遊びに来る途中、自転車ごと車にはねられて亡くなったそうだ。それは、こんなふうに夕方から急に冷える寒い日のことで──ポン太くんが家出をするのもいつもそういう日だった。
今日はお孫さんの命日らしい。
また居なくなったポン太くんの居場所の見当はついても、小山さんは風邪っぴきで熱がある。奥さんはその事件以来めっきり身体が弱ったということで、こんな寒いところでポン太くんを待つことは出来ない。
ということで、小山さんちの庭の草むしりなどを請け負って、ポン太くんとも面識(?)のあるこの俺に白羽の矢が立った。俺が今着ているウィンドブレーカーは、亡くなったお孫さんのものだ。だからポン太くんはあんなふうに背中を駆け上がって、甘えるように鼻をすり寄せてきたのかもしれない。
ポン太くんは、お孫さんによく懐いていたという。
「ごめんな、おにーちゃんじゃなくて」
ぽつん、と呟いた俺の言葉に、ポン太くんは何を思ったのか、さっきとはまた違う調子で「にゃっ!」と鳴いた。
……知ってるよ、ってとこかな。
「おじーちゃんとおばーちゃんに心配かけちゃダメだぞ」
そうポン太くんに語りかけ、俺は足を速めたのだった。
薄っぺらいウィンドブレーカーの生地を通してして、冷気がしみこんでくる。下に着込んだセーターやフリースも役に立たない。動きやすい格好ってのは、じっとしてると寒いもんだ。
ううう。寒い。マジ寒い。今日は朝より夜のほうが冷えるとか、お天気お姉さんが言ってたが、本当だったのか。まったく、当たってほしくないときに限って当たるよな、天気予報。
俺はそれまでしゃがんでいた木陰から立ち上がり、腰を伸ばした。うー、寒さで固まってしまったみたいだ。いかんいかん、ぎっくり腰はそういう時になりやすいって近藤の爺さんが言ってた。さすがに、その予報(?)は当たってほしくない。
改めてしゃがみ、かじかむ両手に息を吹きかけようとした時だった。音もなく近づいた何者かが、背後から背中を駆け上がる!
「にぁああ」
俺の襟元に鼻を突っ込んで甘えた声を出すのは、シャム猫のくせにまん丸な顔をしている小山さんちのポン太くん。本日の「お尋ね猫」だ。
「にゃあ、じゃないよ、まったく。寒いのに、家出するなよ」
そう語り掛けつつ、ポン太くんを肩から下ろして胸元で抱える。また逃げ出されちゃ困るんで、用心のために首輪に手持ちのリードを引っ掛けた。
「さあ、帰ろうな。おじーちゃんが待ってるぞ」
木の根元に置いておいたペットキャリーにポン太くんを詰め込む。中にはちゃんと貼るタイプの使い捨てカイロをセットした上から薄いブランケットを被せてあるんだ。お猫様用の寒さ対策はばっちりだぜ。
「にゃ」
とひと声上げて、ポン太くんは大人しくキャリーに納まった。俺はなるべく揺らさないようにしてそれを持ち上げた。
……ポン太くんには変わった癖がある。いつもは家の中から外に出ようとしないのに、いきなり家出をし、一日中戻ってこない。そういう時は、何故か必ず夕方遅く、この木のそばに現れるのだそうだ。
「おにーちゃんと遊んでたのか?」
歩きながら、ポン太くんに声をかける。にゃーおぅ、と返事とも何ともつかぬ鳴き声が聞こえた。
数年前、この場所で、小山さんの高校生のお孫さんが家に遊びに来る途中、自転車ごと車にはねられて亡くなったそうだ。それは、こんなふうに夕方から急に冷える寒い日のことで──ポン太くんが家出をするのもいつもそういう日だった。
今日はお孫さんの命日らしい。
また居なくなったポン太くんの居場所の見当はついても、小山さんは風邪っぴきで熱がある。奥さんはその事件以来めっきり身体が弱ったということで、こんな寒いところでポン太くんを待つことは出来ない。
ということで、小山さんちの庭の草むしりなどを請け負って、ポン太くんとも面識(?)のあるこの俺に白羽の矢が立った。俺が今着ているウィンドブレーカーは、亡くなったお孫さんのものだ。だからポン太くんはあんなふうに背中を駆け上がって、甘えるように鼻をすり寄せてきたのかもしれない。
ポン太くんは、お孫さんによく懐いていたという。
「ごめんな、おにーちゃんじゃなくて」
ぽつん、と呟いた俺の言葉に、ポン太くんは何を思ったのか、さっきとはまた違う調子で「にゃっ!」と鳴いた。
……知ってるよ、ってとこかな。
「おじーちゃんとおばーちゃんに心配かけちゃダメだぞ」
そうポン太くんに語りかけ、俺は足を速めたのだった。