第260話 寒風修行

文字数 1,711文字

風にさらされると、寒い。こんなに晴れてるのに。

時は十二月、ストーブの季節。冷え込む日が続くこともあり、灯油の購入を頼まれることが増えた。ポリタンクを預かって無人のガソリンスタンドまで灯油を入れに行くんだけど、こういう場所はだだっ広くて遮蔽物が無いものだから、吹きっさらしで風が通るのなんの。

でっかい拳銃みたいな灯油の給油口をポリタンクに差し込んで引き金を引き、購入した分の灯油が溜まるまでじっと待っている間、風がひゅーひゅー吹きつけてくる。うう、このポーズで固まったまま動けないからって、狙ってきてるようにすら思える。

イタズラな風の神様にからかわれてるのかも。隣の給油場所で俺と同じポーズでじっと給油が止まるのを待ってる人も、唇を震わせて風に耐えている。ほんと、寒いですよね。

ようやく給油が終わり、俺は満タンになったポリタンクをふたつ自転車用リアカーに積んだ。さあ、これを魚埼さんちまで運ばないと。

重いペダルを踏み込んで必死に自転車を走らせていると、角の向こうから同じように自転車に乗ったお寺の住職さんが。うーん、墨染めの衣で自転車漕いでるお坊さんというのも、何だかシュール……。

それにしても、寒くないのかな、衣が風にはためいて……。手袋もしてないっぽい。頭は丸めてるから無防備だし──想像したら、寒い、寒すぎる。これも修行ということなんだろうか。

「おはようございます」

赤信号に停車して、隣に並んだ住職さんに挨拶をすると、丁寧に返してくれた。

「おはようございます、何でも屋さん。寒いですね」

「やっぱり寒いですか……?」

「もちろんですよ。冬ですからね」

ハッハッハ、と笑って、お先に、と、青信号に変わった横断歩道を渡っていく。春夏秋冬暑いも寒いもあるがまま、ってことなのかな。あの住職さんすごい。俺は思わず心の中で合掌していた。



午後。

やっぱり寒い。冬も深まってくると、日差しがあっても追いつかないくらい冷えてくる。武藤さんちの庭の布団を取り入れて、言われたとおり屋根付きガレージに停めてある鍵の掛かっていない車のリアシートに積み込むと、フェンスを閉めて外へ出た。

時折り吹いてくる風に肩を窄めながら、次の仕事のために歩いて麻野さんちに向かっていると、途中の柊さんちから朝会った住職さんが出てきた。なんと、毛糸の帽子を被ってる。手袋も。

「こんにちは」

「ああ、何でも屋さん。この近くでお仕事ですか?」

「はい。ご住職は檀家回りですか?」

「ええ」

「あの……、その帽子と手袋は」

つい、聞いてしまった。

「こちらの柊のお婆さんが編んでくださったんです。冬場は見てるだけで寒いから、使ってくださいと」

お願いですからせめて帽子と手袋くらいしてください、と頼まれたら、否とは言えませんでした、と笑う。

「いや、お婆さんの気持ち、分かります!」

思わず力説してしまう。

「自分がこんなに寒いのに、って、どうしても思ってしまうんですよ。心配になるんです」

住職さんは苦笑した。

「そんなに寒そうでしたか……。人様をそんな気持ちにさせるのも申しわけないが、仏門に入ってからずっとこうだったので、気にしたこともなかったんですよ。せっかく頂いたので使わせてもらおうと思ったんですが、ただ、色がね……」

帽子と手袋の色は、お揃いの紫。

「こんな位の高い色は気後れしてしまって……」

困ったように言う。

「あ、ああ、そうか。紫の衣って、位の高いお坊さんしか着られないんでしたっけ」

「そうなんです」

お坊さんはやっぱりそこが気になってしまうのか……。うーん、柔道白帯の人が黒帯締めろと言われるようなもん? ちょっと違うか。

「でも、柊さんちのお婆さんにとって、ご住職はそれくらいありがたいお坊さんなんですよ、きっと。衣じゃないんだし、いいじゃないですか。お似合いですよ」

そう言うと、ご住職は「ありがとうございます」とやっぱり苦笑した。




それから。

自転車で檀家回りをしている住職さんが、色んな色と柄の帽子と手袋、さらにマフラーを着けているのを見かけるようになった。柊さんちのお婆さんの作品が呼び水になったようだ。やっぱりみんな寒そうだと心配してたんだなぁ。

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