第301話 変わり映えのない日だけれど

文字数 1,371文字

・冬至の日の<俺>

ちゃぽん。ぽちゃん。

狭い湯船は、ちょっと身動きしただけで湯が跳ねそうになる。だから、最小の動きで、身体のあちこちを地味に伸ばす。少しずつ。少しずつ。

ををを、熱めの湯が、沁みる…!
しばし身悶えた俺は、肺の奥底から満足の溜息をついた。

はあ…。寒い夜は、やっぱり風呂がいい。湯船に浮かべた柚子がいい香りだ。しみじみと寿命がのびる気がする。今日、和田さんちに落ち葉掻きに行ったら、柚子を三つもくれたんだよな。

その後、八田さんに頼まれてパソコンの設置をしに行ったら、小豆粥をご馳走してくれた。絶妙な塩味で、あれは美味かった。齢八十になってフェイスブックやるって、八田さんすごいよな。やり方は孫に教わるって言ってたけど、なんというか、気が若い。

夕方には、富岡さんちの夕子ちゃん(小学五年生)の塾の送り迎えをした。この季節、あっと言う間に暗くなるし、最近物騒だから親御さんも心配だろう。で、帰りにはカボチャの煮物をもらった。

俺、お得意さんに恵まれてるよなぁ。


本日、冬至。
カボチャ食べて、小豆粥食べて、柚子湯に入る。

一陽来復。





・夏至の日の<俺>

一昨日も雨、昨日も雨、そして今日も長崎じゃないけど雨だった。

もうすぐ七月だというのに、室温が二十五度を下回るってどうなんだろう。じっとしていると肌寒いくらいだ。そのせいだろう、居候の三毛猫も外に出ず、ボロソファの上で丸まって寝ている。

だから洗濯物の上で寝るの、止めてくれよ。朝からバタバタしてて、たたむ暇がなかったんだよ。雨の日の何でも屋は、いろいろ忙しいんだよ。元からの予約のほかに、買い物代行とか、雨樋詰まりとか、新規の犬の散歩とか、いろいろ、いろいろ。

猫に愚痴ってもしょうがないよな。中途半端に濡れたTシャツがじっとりとしてちょっと冷えるけど、大丈夫だ。とりあえず、ほうじ茶でもいれよう。もう少ししたら戸田さんちのゆう君を、算盤塾まで迎えに行かないといけない。

狭い台所で湯を沸かしてたら、足元に何かすりりんと……って、お前か、三毛猫。

「どうしたんだ?」

何となく、声を掛けてみる。と、俺の顔をじっと見上げていた三毛猫が、いきなりだだっと走って元のボロソファの背に飛び乗った。そしてまた俺の顔を見て、窓の向こうを見て、にゃあ! と鳴く。

付けていたラジオの時報と同時。午後七時。

ひと声鳴いただけで、三毛猫はまた元の場所に戻り、くるりと丸くなった。だから何がしたかったんだ、三毛猫よ。お前の行動は意味不明……。

──全国的に雨のところが多かったですが、本日、六月二十一日は夏至。日の出が午前四時二十五分ごろで、日の入りが午後七時ごろ。昼の長さがだいたい十四時間三十五分という、一年で日が一番長い日となります。

……ラジオのアナウンサーの声を聞いて思い出した。そういえば、今朝の四時半ごろにも鳴いたっけ、こいつ。ひと声だけ。それで目を覚ましたんだ。で、ついさっき午後七時、またひと声だけ鳴いた、唐突に。

「今日は夏至だって、教えたかったのか、お前?」

訊ねても、猫は知らん顔。しっぽだけを揺らしてる。
うーん、猫は謎だ。って、

「あー、沸騰してる!」

慌ててコンロの火を止めた拍子に、指の背がヤカンに触れてしまってあちちちち! 

「にゃっ」

今のは、バカめ、って聞こえたぞ、この居候。鼻の穴、片方塞いでやろうか、コラ。
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