第207話 ジェイソンとナマハゲ
文字数 1,894文字
・6月12日 腹が減っては・
寒い。
昼間もわりあい涼しかったが、日が落ちて、夜が更けるほどに冷えてきた。Tシャツ一枚では風邪を引いてしまいそうだ。毛糸のセーターが恋しくなるくらいの六月ってどうなんだよ。
……とりあえず、長袖シャツでも着ておこう。
しかし、何でこう寒いんだろう? しみじみと寒い。冷え性ってわけでもないのになぁ。
ノートパソコンに顧客管理のデータ入力をしながら、つらつらと考えてみる。結論。風呂入って寝よう。
「ん?」
データを保存して立ち上がった拍子に、猫餌が目に入った。あ、居候の三毛猫に餌入れてやるの忘れた。俺も晩飯食うの忘れた。
「そりゃ、冷えるわ……」
独り呟きつつ、猫に餌をやりに行くべく部屋を出る。コンクリ廊下の隅に置いた餌入れからは、朝に入れた分はすっかり無くなっていた。がさがさと音を立てながら餌を補給していると、どこからともなく現れる三毛猫。すまん、お前も腹減って寒いよな。毛皮着てても。
カリカリと食べ始めるのを眺めつつ、俺は部屋に戻った。
「ラーメンでいいか……」
野菜を入れて、卵も入れて。面倒だからとそのまま食べたら怒られるからなぁ……智晴とか元妻とかからだけじゃなしに、顧客の皆さんからも小言を喰らう。
……俺って幸せかも。
湯気の立つラーメンを一気に食べ切ると、いきなり暑くなってきた。やっぱりメシ抜きがいけなかったんだな。さっきまで気分も落ち込みぎみだったけど、今はそうでもない。むしろ、元気になってきた。
俺は子供か。
何でもいいや。この勢いでデータ入力やってしまおう。溜めてしまってるし……。
気づいたら、鼻歌を歌ってた。色んな意味で単純だなぁ、俺。
──この年は冷夏。
「ひもじい 寒い もう死にたい 不幸はこの順番で来ますのや」と、『じゃりン子チエ』でおばぁはんが言ってた。真理だと思う。
・6月13日 ジェイソンとナマハゲ・
今日はもしかしなくても13日の金曜日。……ジェイソンの暴れる日だ。
俺もチェーンソー持って暴れるぜ、なぁんてな。ずっとほったらかしにされてる私有地の藪を伐採するのが今日の依頼。破片が飛んでくると危ないので、海中めがねにタオルマスクで防御している。
ギュイーン、ギャギャギャギャ。
うわー、何だ、この絡まり果てた蔓は。硬いなぁ。
「ママー! ジェイソンがいるよ、怖いよ~!」
背後で子供の泣き声が。おいおい、ジェイソンはホッケーのマスクみたいなの被ってるんじゃないのか? 間違っても○○酒店のタオルなんかじゃないぞ。
歯を止めて振り返ると、さらに大きくなる悲鳴。そばにお母さんらしき女性。目が合うと、すまなさそうに会釈してきた。てか、お母さん。小さな子供にホラー映画を見せちゃダメでしょうが。
思わず「悪い子はいねぇが~?」と言いたくなったが、我慢。トラウマになったらかわいそうだし、夜中に寝小便垂れるかもしれんし。
海中めがねとタオルを外し、にっこりと笑いかけてみた。ほらほら、ジェイソンじゃないよ、怖くないよ~っと。
……もっと泣きやがった。
くすん。ののか。パパ、そんなに怖い顔してないよね?
・6月28日 美味しいご飯は元気の元・
暑い。
蒸し暑い。
朝から雨が降ったり止んだり。そりゃ湿度も高くなって不快指数が鰻上りだよな。なんかもうヘタれてしまって、俺、今から夏バテしそう。
何か精のつくものを食べようと思ったけど、夏の定番のうなぎはなぁ……庶民の食べられる値段のはアレだし、こんなんだと安心してものが食べられないよなぁ……。
と、黄昏ていたら、俺にこのボロビルを貸してくれている友人が晩飯をご馳走してくれた。何でも、取り引き先(何の取り引き先かは知らない。友人は気まぐれな資産家で、何やら手広くやってるらしい)から黒毛和牛のいいのが送られてきたということで、しゃぶしゃぶをふるまってくれたのだ。
久しぶりの牛肉は、美味い。
しかも、国内産なので、BSEの恐怖に怯えることもない。
ありがとう、友よ。冷酒も旨かった。
けど、碁に付き合わせるのは勘弁してくれよ……何度やっても俺、あんたには勝てないよ。分かってるくせに。
それなのに、何で俺と打つのが面白いのかなぁ。<ひまわり荘の変人>の頭の中は、本当に良く分からない。
それにしても、あの霜降り具合……。
舌の上でとろけるようってのはあのことだよな。後から入れた葱も豆腐も椎茸も最高だったなぁ。
美味いもん食うと元気出るよな!
よし、明日も頑張るぞ! 日本の夏は暑いのが当たり前。ファイト、俺!
※ちょうど某国産養殖鰻のマラカイト・グリーンとかが騒がれていた頃の話です。
マラカイト・グリーンって、ソイレント・グリーンと似てるよね。
寒い。
昼間もわりあい涼しかったが、日が落ちて、夜が更けるほどに冷えてきた。Tシャツ一枚では風邪を引いてしまいそうだ。毛糸のセーターが恋しくなるくらいの六月ってどうなんだよ。
……とりあえず、長袖シャツでも着ておこう。
しかし、何でこう寒いんだろう? しみじみと寒い。冷え性ってわけでもないのになぁ。
ノートパソコンに顧客管理のデータ入力をしながら、つらつらと考えてみる。結論。風呂入って寝よう。
「ん?」
データを保存して立ち上がった拍子に、猫餌が目に入った。あ、居候の三毛猫に餌入れてやるの忘れた。俺も晩飯食うの忘れた。
「そりゃ、冷えるわ……」
独り呟きつつ、猫に餌をやりに行くべく部屋を出る。コンクリ廊下の隅に置いた餌入れからは、朝に入れた分はすっかり無くなっていた。がさがさと音を立てながら餌を補給していると、どこからともなく現れる三毛猫。すまん、お前も腹減って寒いよな。毛皮着てても。
カリカリと食べ始めるのを眺めつつ、俺は部屋に戻った。
「ラーメンでいいか……」
野菜を入れて、卵も入れて。面倒だからとそのまま食べたら怒られるからなぁ……智晴とか元妻とかからだけじゃなしに、顧客の皆さんからも小言を喰らう。
……俺って幸せかも。
湯気の立つラーメンを一気に食べ切ると、いきなり暑くなってきた。やっぱりメシ抜きがいけなかったんだな。さっきまで気分も落ち込みぎみだったけど、今はそうでもない。むしろ、元気になってきた。
俺は子供か。
何でもいいや。この勢いでデータ入力やってしまおう。溜めてしまってるし……。
気づいたら、鼻歌を歌ってた。色んな意味で単純だなぁ、俺。
──この年は冷夏。
「ひもじい 寒い もう死にたい 不幸はこの順番で来ますのや」と、『じゃりン子チエ』でおばぁはんが言ってた。真理だと思う。
・6月13日 ジェイソンとナマハゲ・
今日はもしかしなくても13日の金曜日。……ジェイソンの暴れる日だ。
俺もチェーンソー持って暴れるぜ、なぁんてな。ずっとほったらかしにされてる私有地の藪を伐採するのが今日の依頼。破片が飛んでくると危ないので、海中めがねにタオルマスクで防御している。
ギュイーン、ギャギャギャギャ。
うわー、何だ、この絡まり果てた蔓は。硬いなぁ。
「ママー! ジェイソンがいるよ、怖いよ~!」
背後で子供の泣き声が。おいおい、ジェイソンはホッケーのマスクみたいなの被ってるんじゃないのか? 間違っても○○酒店のタオルなんかじゃないぞ。
歯を止めて振り返ると、さらに大きくなる悲鳴。そばにお母さんらしき女性。目が合うと、すまなさそうに会釈してきた。てか、お母さん。小さな子供にホラー映画を見せちゃダメでしょうが。
思わず「悪い子はいねぇが~?」と言いたくなったが、我慢。トラウマになったらかわいそうだし、夜中に寝小便垂れるかもしれんし。
海中めがねとタオルを外し、にっこりと笑いかけてみた。ほらほら、ジェイソンじゃないよ、怖くないよ~っと。
……もっと泣きやがった。
くすん。ののか。パパ、そんなに怖い顔してないよね?
・6月28日 美味しいご飯は元気の元・
暑い。
蒸し暑い。
朝から雨が降ったり止んだり。そりゃ湿度も高くなって不快指数が鰻上りだよな。なんかもうヘタれてしまって、俺、今から夏バテしそう。
何か精のつくものを食べようと思ったけど、夏の定番のうなぎはなぁ……庶民の食べられる値段のはアレだし、こんなんだと安心してものが食べられないよなぁ……。
と、黄昏ていたら、俺にこのボロビルを貸してくれている友人が晩飯をご馳走してくれた。何でも、取り引き先(何の取り引き先かは知らない。友人は気まぐれな資産家で、何やら手広くやってるらしい)から黒毛和牛のいいのが送られてきたということで、しゃぶしゃぶをふるまってくれたのだ。
久しぶりの牛肉は、美味い。
しかも、国内産なので、BSEの恐怖に怯えることもない。
ありがとう、友よ。冷酒も旨かった。
けど、碁に付き合わせるのは勘弁してくれよ……何度やっても俺、あんたには勝てないよ。分かってるくせに。
それなのに、何で俺と打つのが面白いのかなぁ。<ひまわり荘の変人>の頭の中は、本当に良く分からない。
それにしても、あの霜降り具合……。
舌の上でとろけるようってのはあのことだよな。後から入れた葱も豆腐も椎茸も最高だったなぁ。
美味いもん食うと元気出るよな!
よし、明日も頑張るぞ! 日本の夏は暑いのが当たり前。ファイト、俺!
※ちょうど某国産養殖鰻のマラカイト・グリーンとかが騒がれていた頃の話です。
マラカイト・グリーンって、ソイレント・グリーンと似てるよね。