第211話 ヤモリの騎士
文字数 1,900文字
・9月13日 誰かが私を見つめてる・
伝さんの飼い主・吉井さんの紹介で、若い女性の依頼を受けた。
小津絵美さん、十九歳。現役大学生。女子学生用アパートに独り暮らし。
夏期休暇は実家で過ごしたらしいが、こちらに戻ってみたら、部屋の中が何か変な感じがするという。
別に、無くなったものがあるとか、物の位置が変わっていたとか、そういうことはないらしい。ただ、帰省する前と今とは、何かが違うというのだ。
具体的には? と訊ねてみると、誰かにじっと見られているような、そんな嫌な気配がするという。
「ただの気のせいだと思うんだけど、でも、どうしても気持ち悪くて……あたし、人の視線とかに敏感なところがあるのよね」
が、何らかの被害があったわけでもないし、「何か嫌な気配がする」だけでは、警察に訴える以前の問題である。
と、まあ。そういうわけで、「彼に相談してみたら?」ということで、吉井さんが彼女に俺を紹介してくれたというわけだ。なんとなれば、吉井さんが彼女の住むアパートの家主であるから。
彼女の部屋に入れてもらった俺は、秘密兵器を取り出した。
じゃじゃーん! 盗聴・盗撮発見器だ。正規で購入となるとかなりするシロモノだが、知り合いの元チンピラ、シンジのツテでいくらか安く手に入れることが出来た。何でも屋たるもの、これくらいの装備は常識だぜ。はっはっは!
……しばらく、インスタントラーメンとうどんとモヤシの生活だったけどな。
そんなことはともかく。
女性の独り暮らしで、部屋に妙な異変を感じるとなると、セオリーとして、まずは盗聴器や盗撮器の存在を疑わなければならない。まったく、嫌な世の中になったもんだ。
彼女もやはりそういうことを考えていたのか、俺がこのコンパクトな装置の説明をしても驚かなかった。
で、まあ。部屋の隅々、トイレや風呂場まで調べてみたんだが、怪しい電波は検出されなかった。うーん、滅多に使わないからって壊れてるわけじゃないしなぁ。
そんなことを思いつつ、窓際を調べようとカーテンをめくった時。
そいつと、目が合った。
「きゃー!」
彼女が物凄い悲鳴を上げた。うう、耳に響く。
「視線の主、こいつですね」
俺は素早く逃げかけたそいつ、ヤモリを捕まえた。
「いや、いや! そんなの持ったままでいないで! 捨てて! 早く外に捨てて!」
今にも気絶しそうに青ざめた顔。……よほど苦手なんだな。
手の中のひんやりと冷たい小さな生き物を、俺は窓の外に放してやった。迷彩色っぽい色をしたヤモリは、するするとどこかに逃げていく。
「盗撮とかじゃなくて良かったですね」
窓を閉めながら振り返ると、彼女は泣きべそをかいていた。
「でも、でも、アレとずっと同じ部屋に居たかと思うと……! あ、手! 早く手を洗って! あんなもの触ったんだから、早く洗って!」
ちゃんと石鹸を使って! と言われ、苦笑しながら手を泡立たせる。彼女の監視(?)の下、俺はたっぷりの水で泡をきれいに洗い流したのだった。
しばらくして落ち着いた彼女は、妙なモノが取り付けられていたわけではなくて、ホッとした、と言ってくれた。
「人間が一番怖いもんね。それは分かってるの。でも、でも、ダメなの、あたし、ホントに爬虫類系ってダメなの」
無意識にか、寒いように自分の肩を抱えるようにしながら彼女は訴える。
「まあまあ。嫌いなものはよけいに目に付くっていいますからね。でも、ヤモリは漢字だと『家守』って書くらしいですし、害虫を食べてくれる番人だと思えば。──虫も嫌でしょう?」
「イヤ!」
おおう、卓球のカット並みの早さのお返事。
「ね。だからあれは、あなたを害虫から守ってくれる<ナイト >です。そう思えば、少しはマシじゃないですか?」
俺の提案に彼女は複雑な顔をしていたが、一応は頷いてくれた。
顛末を吉井さんに報告したら、吉井さんもまず盗聴や盗撮でなかったことに安心したようだった。若い女性のことでもあり、それを一番心配していたらしい。
「今は自分の職場に盗聴器を仕掛ける人間がいるくらいだからねぇ……そんなんでなくて、本当に良かった」
しみじみと噛み締めるように言う。
「今回の小津さんの件は、笑い話で済んで良かったです。最近、変態なやつが増えましたからね」
俺の言葉に頷いた吉井さんは何か考えていたようだったが、そうだ、と、ぽん、と手を打った。
「そういった世情を鑑みて、希望があれば、そういう装置が仕掛けられてないかどうか検査しますという旨、店子に回覧を回すことにするよ。その時には、またよろしく頼むね」
おお。まだ未定だけど仕事ゲット!
是非に、と吉井さんの依頼に答え、俺は心の中であのヤモリに感謝の祈りを捧げたのだった。
伝さんの飼い主・吉井さんの紹介で、若い女性の依頼を受けた。
小津絵美さん、十九歳。現役大学生。女子学生用アパートに独り暮らし。
夏期休暇は実家で過ごしたらしいが、こちらに戻ってみたら、部屋の中が何か変な感じがするという。
別に、無くなったものがあるとか、物の位置が変わっていたとか、そういうことはないらしい。ただ、帰省する前と今とは、何かが違うというのだ。
具体的には? と訊ねてみると、誰かにじっと見られているような、そんな嫌な気配がするという。
「ただの気のせいだと思うんだけど、でも、どうしても気持ち悪くて……あたし、人の視線とかに敏感なところがあるのよね」
が、何らかの被害があったわけでもないし、「何か嫌な気配がする」だけでは、警察に訴える以前の問題である。
と、まあ。そういうわけで、「彼に相談してみたら?」ということで、吉井さんが彼女に俺を紹介してくれたというわけだ。なんとなれば、吉井さんが彼女の住むアパートの家主であるから。
彼女の部屋に入れてもらった俺は、秘密兵器を取り出した。
じゃじゃーん! 盗聴・盗撮発見器だ。正規で購入となるとかなりするシロモノだが、知り合いの元チンピラ、シンジのツテでいくらか安く手に入れることが出来た。何でも屋たるもの、これくらいの装備は常識だぜ。はっはっは!
……しばらく、インスタントラーメンとうどんとモヤシの生活だったけどな。
そんなことはともかく。
女性の独り暮らしで、部屋に妙な異変を感じるとなると、セオリーとして、まずは盗聴器や盗撮器の存在を疑わなければならない。まったく、嫌な世の中になったもんだ。
彼女もやはりそういうことを考えていたのか、俺がこのコンパクトな装置の説明をしても驚かなかった。
で、まあ。部屋の隅々、トイレや風呂場まで調べてみたんだが、怪しい電波は検出されなかった。うーん、滅多に使わないからって壊れてるわけじゃないしなぁ。
そんなことを思いつつ、窓際を調べようとカーテンをめくった時。
そいつと、目が合った。
「きゃー!」
彼女が物凄い悲鳴を上げた。うう、耳に響く。
「視線の主、こいつですね」
俺は素早く逃げかけたそいつ、ヤモリを捕まえた。
「いや、いや! そんなの持ったままでいないで! 捨てて! 早く外に捨てて!」
今にも気絶しそうに青ざめた顔。……よほど苦手なんだな。
手の中のひんやりと冷たい小さな生き物を、俺は窓の外に放してやった。迷彩色っぽい色をしたヤモリは、するするとどこかに逃げていく。
「盗撮とかじゃなくて良かったですね」
窓を閉めながら振り返ると、彼女は泣きべそをかいていた。
「でも、でも、アレとずっと同じ部屋に居たかと思うと……! あ、手! 早く手を洗って! あんなもの触ったんだから、早く洗って!」
ちゃんと石鹸を使って! と言われ、苦笑しながら手を泡立たせる。彼女の監視(?)の下、俺はたっぷりの水で泡をきれいに洗い流したのだった。
しばらくして落ち着いた彼女は、妙なモノが取り付けられていたわけではなくて、ホッとした、と言ってくれた。
「人間が一番怖いもんね。それは分かってるの。でも、でも、ダメなの、あたし、ホントに爬虫類系ってダメなの」
無意識にか、寒いように自分の肩を抱えるようにしながら彼女は訴える。
「まあまあ。嫌いなものはよけいに目に付くっていいますからね。でも、ヤモリは漢字だと『家守』って書くらしいですし、害虫を食べてくれる番人だと思えば。──虫も嫌でしょう?」
「イヤ!」
おおう、卓球のカット並みの早さのお返事。
「ね。だからあれは、あなたを害虫から守ってくれる<
俺の提案に彼女は複雑な顔をしていたが、一応は頷いてくれた。
顛末を吉井さんに報告したら、吉井さんもまず盗聴や盗撮でなかったことに安心したようだった。若い女性のことでもあり、それを一番心配していたらしい。
「今は自分の職場に盗聴器を仕掛ける人間がいるくらいだからねぇ……そんなんでなくて、本当に良かった」
しみじみと噛み締めるように言う。
「今回の小津さんの件は、笑い話で済んで良かったです。最近、変態なやつが増えましたからね」
俺の言葉に頷いた吉井さんは何か考えていたようだったが、そうだ、と、ぽん、と手を打った。
「そういった世情を鑑みて、希望があれば、そういう装置が仕掛けられてないかどうか検査しますという旨、店子に回覧を回すことにするよ。その時には、またよろしく頼むね」
おお。まだ未定だけど仕事ゲット!
是非に、と吉井さんの依頼に答え、俺は心の中であのヤモリに感謝の祈りを捧げたのだった。