第337話 空は青空いい天気

文字数 789文字

・10月24日 空は青空いい天気

仕事の合間を縫っての、自宅用の買い出し帰り。

自転車の前カゴにトイレットペーパー、荷台にお米三十キロ袋を積んでえっちらおっちら歩いていたら、お得意さまの石田のお婆ちゃんに呼び止められた。

何かと思えば、差し出されたコンビニ袋いっぱいの蜜柑。

「娘の嫁ぎ先から送ってくれたの。とっても甘いのよ。身体が資本のお仕事なんだから、ビタミンをいっぱい摂らないとね」

お礼を言って、ありがたく頂く。袋は、あちこちしっかり結んで、中身が転げ出たりしないようにしてくれてある。その心遣いもありがたいなと思いながら、サドルに袋の持ち手を引っ掛け、また自転車を押していく。

がさがさ がさがさ
歩くたび、車輪が回るたびに袋が揺れる。

さらに重くなったけど。重い袋が揺れるから、よけいに自転車のバランスが取りにくくなったけど。

朝、身勝手なお客さんとやりあってちょっと疲れ気味だった心が、少しだけ軽くなった。

ふと見上げると、空が青い。
そうだった。今日は晴れていて、とてもいい天気だったんだ。




・2月5日 将棋と猫

  ふぎゃあおう

パチリ。

  ふぉんぎゃー

パチリ。

「……また負けてしまったなぁ」

  おうーうーおー

「え?」

  あーおあーお

「何でも屋さん、また分かってないんだねぇ。ほら、あんたがこう打ったから──」

  ふおあーおーあおー

「……あ、王手だ」

「やれやれ、いつもながら負け甲斐の無い人だなぁ」

「す、すみません」

今日は午後から、お得意様の桂木の爺さんと将棋の対戦。何だか分からないうちに、また勝ってしまったらしい。どうしてこうなった。

  ふぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃんぎゃーあああおおおうう

「いや、その、外の声が気になって」
「ああ……この季節はねぇ。猫の春だから仕方ないよ」


──恋猫の 命燃やして鳴く声に こころ取られて王手飛車角


一句詠んで、爺さんは溜息をついた。

な、なんかすいません……!
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