第208話 伝さん赤とんぼ

文字数 2,003文字

・8月19日 お久しぶりの<風見鶏>・

今日は久しぶりに<風見鶏>からメール連絡があった。

<風見鶏>は、<ウォッチャー>と呼ばれる(らしい)ネットの海の監視者のひとりだ。あらゆる情報が彼の許に集まるが、それによって彼が何をしているのか俺は知らない。

『交通整理をしているんだよ、情報のね。』

いつか、彼はそう言っていたが、俺には半分も意味が分からなかった。

彼と俺との関係では、彼が<風見鶏>で、俺が<風>ということになるらしい。風の拾った情報を風見鶏が方向付けする、という意味合いだという。

今日彼が俺に求めてきた情報は、つい先日俺の保護した迷子猫の柄と名前と年齢だ。

「柄は白に黒のブチで、鼻の脇が黒いからハナクソをつけてるように見える。名前はマーブル。年齢は……一年と六ヶ月程度かな?」

そう書いてすぐにメール送信したら、ほどなくして「了解。情報提供感謝」と返信があった。

俺の情報(といっても、こんなんばっかりだが)は、<風見鶏>にとってはかなり有用なものらしいが……どこがどういうふうに役に立つのか、俺にはやっぱり分からない。

ま、いいか。これまでも、俺の生活にそれが影響してきたことなど一度もないし。

それよりも、今夜の夕飯、どうしよう。顧客様からお土産をたくさんもらったからって、さすがに連日饅頭はキツい。コンビニで弁当を買うか、買い置きのカップ麺を食べるか、昨日のパンの残りを食べるか。

そういえば、素麺があったな。行儀は悪いがぶっかけにしよう。茹でて具をのせて出汁をかけるだけだから、簡単でいい。もみ海苔もあるしな。

後でトマトでも齧っておけば栄養面でもなんとかなるだろう。

オトコの料理なんて、こんなもんよ。ふっ……。





・8月20日 みどりのゆび・

盆明けからこちら、朝夕が涼しくなった。昼間は暑いけど、少し前の猛暑とは比べものにならない。

屋上のプランター菜園のプチトマトも、そろそろ終わりかけのようだ。粒がだんだんと小さくなってきて、熟しても、ちょっとオレンジかかっている。皮も固くなったししなぁ。

娘のののかは、小学校に入って初めて迎えた夏休み初日、さっそくうちに来て、鈴なりになった最盛期のプチトマトに素直な歓声を上げていた。丸くて赤い実を、夢中で摘む幼い娘。あどけないその姿。「あまくて、おいしい!」とにっこり笑う顔の、なんと可愛いかったことか。

「パパ、すごいね! きっと、みどりのゆびをもってるのよ」

みどりの指って何のことかと思ったら、園芸上手のことらしい。担任の先生が教えてくれたそうだ。

夏休みの宿題の、「あさがおのかんさつ」は上手くいってるのかな?
ののかも「みどりのゆび」を持ってるといいなぁ。いや、持っているに違いない。

何たって、俺の娘なんだからな。





・8月21日 伝さん赤とんぼ・

赤とんぼがいっぱい飛んでいる。

秋だなぁ。……まだ八月なのに。一昨日あたりから暑さが和らいでいたが、今日はまた格別の涼しさだ。けど、すぐに「寒の戻り」ならぬ「暑の戻り」(そんな言葉はないだろうけど)があるだろう。それを繰り返しながら、季節は移ろっていくのだ。

なんてな。

「伝さん、じっとしてろよ、動くなよ」

グレートデンの伝さんは、お座りしてもでっかい。そのでっかい伝さんの、ぴんと立った耳の根元に赤とんぼが止まってるんだ。まるで、リボンみたいに。

「よし。伝さん、チーズ!」

パシャ。携帯に、会心の一枚。可憐なリボンをつけた伝さんの図。シャッター音に驚いたのか、赤とんぼは、つい、と飛んで行った。

「ベストショットだったぞ、伝さん」
「おん!」

律儀に返事をしてくれる伝さんの頭をぐりぐりしながら、俺は彼の飼い主の吉井さんに今の画像で写メールを送った。

件名:伝さん赤とんぼ

……何か、「男はつらいよ」のタイトルみたいだな。俺、センスない。





・8月25日 カマドウマ・

まだ八月とも思えないくらい、涼しい。
地球は温暖化してたんじゃないのか? おい。誰に問い質せばいいのか分からんが。

温暖化の原因はしーおーつー、しーおーつーっていうけど、実は因果関係は立証されてないし、太古の氷に閉じ込められた空気の分析結果によると、氷河期でも現代よりCO2が多かった時期があったってばっちゃが言ってた、じゃなくて、うちの家主が言ってた。

誰の言ってることが正しいんだ?

などと高尚(?)なことを考えていたのに。

屋上のプランター菜園に水をやりに行く途中、コンクリートの廊下の端、階段の上り口に、エグいものを見つけて叫びそうになった。

か、カマドウマのバラバラ惨殺死体……!

犯人は、あいつだな。勝手にこのボロビルに棲みついている三毛猫。どっから持ってきたんだ、コレ。はっ! もしや、このビルのどこかで繁殖してるのか?

うぎゃー!

バルサン! バルサンしなきゃ! ああ、でもするならその前に三毛猫捕まえて避難させないと。いや、でも今日は忙しいし……。

俺はどうすればいいんだ~!
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