第229話 猫の実

文字数 1,584文字

・4月1日 四月一日・

猫の実が成ってる。

白、茶、黒、三毛、ブチ。
赤、青、黄色、桜色。

……赤、青、黄色、桜色。
そんな毛色の<猫>はいない。けど、これは<猫の実>だから。

「はぁ……」

我ながら、力の抜けた溜息が出てしまった。手間、かかってんなぁ。

呆れるというより脱力していると、背後から快活な声が聞こえた。

「いらっしゃい、何でも屋さん。待ってたのよ。天井をイタチが走り回ってて、もううるさくて」

ほぅ、と悩ましげに息をつく、この家の奥さん。

「イタチはねぇ。一度追い払っても、時々様子見に来たりしますから」

一応、俺ももっともらしいことを答える。とはいえ、経験から出た言葉ではあるんだけど。

「可愛くないわよね、ほんとに」

唇を尖らせるそのお顔、お年を召してはいらっしゃいますが、まさに童女のようですよ。

「あの、それよりも、これ……」

俺は<猫の実>の成る木を示した。

「ああ、これ?」

奥さんは楽しそうだ。

「イギリスの<スパゲティの成る木>からヒントをもらってねぇ。面白いでしょ?」

外からもよく見える庭の橘の木の枝に、ちりめん細工の猫がいっぱいつるされている。

「……作るの、大変だったでしょう?」

「そうねぇ。でも、何か吹っ切れた気がするわ。変わった苗字に苦労してきたけど、いっそ楽しむことにしたのよ」

そういってころころと笑う奥さんの家の苗字は。

「四月一日」と書いて「わたぬき」と読む。

そして今日は四月の一日。俗に言う、四月馬鹿。エイプリル・フールだ。





・4月2日  四月のおしくらまんじゅう・

四月になったというのに。各地の桜も、何分咲きとかいってるのに。

寒い。寒いぞ。今日は寒い。風が強いからだろうか。思わず、仕舞い掛けたダウンジャケット出してしまった。伝さんたちはいいよな、毛皮着てるから。でも、夏でも脱げない毛皮だからおあいこか。って、犬と張り合ってどうするよ、俺。

夜、駅近くの学習塾に子供のお迎えに行ったら、他のお迎え待ちの子供たちがひどく寒そうにしてたので、おしくらまんじゅうを教えてみた。

おしくらまんじゅう、おされてなくな!
子供たちが、ぎゅうぎゅうぎゅう。

最初は戸惑ってたけど、だんだん楽しく、暖かくなってきたようだ。勉強に疲れた顔も、みんな年相応(?)に紅潮してきて微笑ましい。

やっぱり、子供は風の子、元気な子。
春休みも、もう終わり。新学年を迎えるこの子たちを、校庭の桜が満開で待ってくれていることだろうな。





・4月3日 息子も四月一日・

一昨日の一日、イタチ撃退の仕掛けをした四月一日(わたぬき)さんちの様子を見に行った。天井裏を走り回るイタチ、あれから何度か来たらしいが、その都度すぐに退散し、昨日からは全く来なくなったという。

はー、やれやれ。

鬱陶しい侵入者を撃退出来てご満悦の四月一日の奥さん、現在海外出張中の息子さんからのお茶目なメールを見せてくれた。


──母さんへ。
俺が帰るその日までに、幸せの黄色い猫の実をいっぱい育ててください。


奥さん……一昨日のエイプリルフールのアレ、息子さんにメールで送ったんですね?

ノリのいい親子だなぁ……。





・4月4日 しみじみと甘酒・

一日雨で冷え冷え。

「ふー……」

思わず、溜息をつく。胃がほわっと温まって、身体中の強張りがじわじわとほどけていくみたいだ。

マグカップの中身は、甘酒。暗くなってもまだ止まない雨の中、散歩に連れて行ったシェパードのウール君の飼い主、未岡さんが帰りに持たせてくれたんだ。俺もウール君もびしょ濡れになってたからなぁ。

おのれ、俺たちに水を引っ掛けて走り去ったでかい車め! あの無神経なドライバーは、運転席から降りた途端、でかい水溜りにでもはまればいいんだ!

「あー……」

心の中でずっと悪態をついてたけど、しみじみ甘酒飲んでたらどうでも良くなってきた。うん。寒い日に身体があったかいって、何か幸せだよな。

さー、頑張って帳簿付けでもするか。 
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