第118話 携帯電話の恐怖 2

文字数 2,091文字

野本君も俺と同じように道の方に視線をさまよわせていたが、彼もやはり不審なものは見つけられなかったんだろう、再び手元に目を落とし、考え込みながら言葉を続ける。

「うーん、怪しい人影みたいなのは、見たことないと思う……つけられたり、とかも……無い、と思います。多分」

俺、そんなに視線とかに敏感ってわけじゃないんで、分からないですけどね、と野本君は力なく笑った。

「電話だけなのかい、おかしなのって?」

俺の問いに、野本君は無言で首を振った。

「一時、物凄い数のスパムメールが来ました。一日五十件以上とか、何事だよって感じで、あれも怖かったです……」

「そ、それは今も?」

「いえ。メールはもう、アドレス登録制にしたんです。禁止ワードとかしてもあまり意味なかったんで。今はだから、友人知人からしかメールは来ませんけど、せっかく就活用に買ったのに……これじゃあ使えませんよね」

最近は、面接先の会社からメールで連絡が来ることも多いという。うーん、俺の時代とは全然違うなぁ。

「……じゃあさ、その就活用のメールはどうしてるの? よく分からないけど、会社の求人情報とか、資料請求とか、携帯でそういうの受けられなかったら、困るだろ?」

「大学のPCアドレスで受けて、携帯に転送する設定にしてあるんで、その辺は、まあ、何とかなってる、かな。だけど、そっちにもスパムが来るんで、それはそれでやっぱり困ります」

うーん。俺のパソコンにもつまらんスパムがいっぱい来るもんな。フィルター掛けてるけど、すり抜けたやつが受信箱に入ってることもしばしば。反対に、顧客からのメールがゴミ箱に振り分けられてることもあるんで、削除する前には必ず差出人と件名を確認することにしてる。

「それってさ、契約してる携帯会社に相談してみたら?」

「しましたよ、とっくの昔に。だけど、暖簾に腕押しというか、柳に風というか、……とにかく埒が明かないんです」

何だそりゃ。契約だけさせといて、アフターサービスは無しかよ。

「もう別のとこに変えたら? 顧客を大事にしない会社なんて、携帯会社にかぎらず、ロクなもんじゃないよ」

「変えたいです。ホント、マジ、カンベンっていうか。でもね~、途中解約すると、お金が掛かるんですよ」

野本君は溜息をついた。

「……だけど、無理してでも解約するべきかな。実は昨日、もっと気持ち悪い電話が掛かってきたんです」

え? 今までの話でも十分気持ち悪いのに、さらに気持ち悪いのがあるっていうのか?

「ど、どんな電話だったの? ぱんつ何色とか、そういうのじゃないよな?」

「そういう普通のイタズラ電話ならまだ良かったです……」

普通、なのか? いいのか、野本君!
これまでのことで何かがマヒしてないか?

俺の危惧をよそに、野本君は続ける。

「今朝のことなんだけど……また、『オダさんですよね?』って掛かってきたんですよ。俺も、ああまたいつものアレか、と思ったんだけど、今回はちょっと様子が違って──」

その電話に、野本君は「違います!」と答えたらしい。「人違いです。何のリストを見て掛けてくるのか知りませんけど、俺はオダなんて苗字じゃないんで、いい加減、そのリストからこの番号、削除してください!」と、今まで溜まっていた鬱憤もあり、かなり強気に出たらしい。

「そしたらね、そいつ、男の声だったんだけど、『その携帯、正規で買ったものですか?』って聞いてくるんですよ。正直、俺、何言ってんだ、と思いましたよ。だってね、普通に大学通って、真面目に就職活動してる、日本国籍を持った日本人が、なんでトバシなんて買うんですか!」

──俺は犯罪者じゃない! 

思い出すと腹が立ってきたのか、野本君は両手の拳を握り締めた。

彼が何か的外れで失礼なことを言われたらしい、というのは分かる。分かるけど……トバシって、何だ? 

「トバシっていうのは、つまり、違法な携帯電話のことです」

鳥羽市、じゃないのか、とボケたことを頭のどこかで考えながら、野本君の説明を聞く。

「闇金なんかがね、多重責務者から本人の携帯を取り上げたり、新たに契約させたりして手に入れたものを、高額で売るんです。買った人間は、それを使う。もちろん、匿名で。で、何に使うかっていうと、当然──」

「オレオレ詐欺とか、変なテレクラとか、そういうのに使われるんだな?」

「そう。それに、不法滞在の外国人もそういう携帯を欲しがります。正規の手続きを踏まずに違法にこの国に滞在しているわけだから、自分名義の携帯なんて持てないし。高いお金を出してまでそれを欲しがるのは、やっぱり犯罪目的としか考えられない」

このあいだ、「実録!警○庁24時!」でそういうのやってたんだよね、と野本君は弱々しく溜息をつく。

「……君は、善良な市民だよ。どっからどう見ても、真面目な就活学生だ!」

俺は落ち込んでいる野本君の肩を軽く叩き、励ました。
確かに、犯罪者仲間(?)みたいに言われたら、誰だって嫌だよなぁ。
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