第245話 芙蓉の誘い

文字数 1,048文字

・12月19日 芙蓉の誘い 1

忘年会に来ないかと誘われた。

絶対、嫌だ。何故かって? つまり、誘った相手と誘われた場所が問題なんだ。誘った相手は日向芙蓉、誘われた場所は彼の営む女装バー。

絶対いじられるに決まってる。

言うのも恥ずかしいが、俺はこれまで何度か芙蓉の手によって女装させられたことがある。本人の女装も、女以上に女で美女で見事としか言いようが無いんだが、その芙蓉の手にかかると、俺も結構な美女に魅惑の変身(元義弟の智晴談)してしまう、らしい。

どういう魔法を使うものか、他の人間が同じことを俺にやってもそうはならない。「男が女装している」のが丸分かりになる。なのに芙蓉がやると、恐ろしいことに、知らない男に声を掛けられるほどにまでなってしまうのだ、この俺が。

その時は鳥肌立ったけど。

芙蓉の双子の弟、葵からも「是非来てくださいね」とメールが入ってたけど、無視だ、無視。タダ酒は魅力的だけど、そんなもんでプライドを捨ててたまるもんか。

女装、ダメ。絶対。「もう絶対そんなことさせないから」なんて猫なで声を信じたら、自己嫌悪と後悔の嵐が待ってるに決まってる。





・12月20日 芙蓉の誘い 2 終

俺だって、依頼を断ることがある。<何でも屋>といっても、出来ることと出来ないことが……。

「クリスマスパーティーで、ホステス役~?」

思わず語尾が跳ね上がる。ホステスだぞ、ホステス。ホストじゃなくて。いや、ホストでも無理があるけどさ。

──報酬ははずむわよ、な・ん・で・も・や・さん?

携帯電話から聞こえる芙蓉の声は、男とも女ともつかぬ不思議なトーンだ。口調も女言葉だし、今現在女装中なわけだな。

「断る。ホステス、ってことは、女装だろ? クリスマスの仕事予定はもう決まってるしな」

──あら。残念だわ。もっと早くから予約しておけば良かったのね。

「そういう問題じゃない。忘年会のお誘いも断っただろ、俺」

──そうだったわね。でも、うちみたいなお店は、年末がかき入れ時なのよ。忘年会でしょ、クリスマスパーティでしょ、今年はカウントダウンパーティも予定してるから、とても忙しいの。人手がいるのよ。

「だから! 女装させるつもりだろ?」

──当然じゃない。

そう答える声は、笑ってる。

「裏方ならいいけど、女装はダメ。ということで、そちらの依頼はお請け出来かねます。悪しからず!」

さらに高くなる笑い声を強制終了。ついでに、電源も落とす。

ったく。単に俺をからかいたかっただけじゃないのか、芙蓉のやつ。俺だって、年末は忙しいんだ! ……一応。
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