第171話 ジグソーパズルとマスオさん 4 終
文字数 2,096文字
さて。
ジグソーパズル狂想曲(?)はこれで大団円のはずだったんだけど。
──義父に、バレました……。
池本さんから電話があったのは、翌日の昼過ぎのことだった。依頼があってちょうど出かけるところだった俺だが、思わず素っ頓狂な声で叫んでしまった。
「えーっ! 何で、どうして、何ゆえにどのようにして──」
誰がいつどこで何をどのように何故、なんて言葉が頭の中をぐるぐる回ってる。
──あのヒトね、イイ性格っていうか、何ていうか。腹黒? 策士?
疲れ果てたような暗~い声の池本さんは、だんだんお舅さんに対する遠慮がなくなっていく。時折混ざる溜息が、重い。
「いや、まあ、まあ、池本さん、落ち着いて」
──もう、落ち着きまくってますよ。
受話器の向うから、あーあ、と呻くような声が聞こえてくる。落ち着いてるっていうより、どんよりどよどよのように聞こえるよ、池本さん。
──例の一枚だけ違ったピースね。あれ、義父の仕業だったんです。つまり、わざと形だけ同じで、違うパズルのやつ嵌めてあったの。色も似たやつだったから、一見しただけじゃ分からなかったんだよね……。
だんだん独り言みたいになっていく。大丈夫か、おい。
──旅行に行く前、わざわざそんな細工して、落としたらすぐ崩れるようなとこにわざと入れ直したんだって。……そんなこと知らずにあなたと必死になって元に戻したつもりのパズル、にやにや笑いながら見てるんだよ。でさぁ、相原さんに塗りなおしてもらったあのピース指さしてさぁ……。
『これ、誰が描いたの? すごいね。知らなかったらここだけ違うピースだったなんて分からないよ』
──すっごくうれしそうに、そう言ったよあのヒト。
「そ、それは……!」
うわあ! 何て性格悪いんだ、池本さんの舅さん!
「な、なんだってそんなことしたんです、お舅さんは」
俺は訊ねた。誰だって訊ねるよな?
理由、知るの怖くても。
「意地悪すぎますよ……!」
──意地悪って、あなたも可愛いこといいますね。
受話器の向うで、少しだけ笑う声。けど、それもすぐに疲れた声に変わる。
──もし意地悪なだけだったら、ある意味、義父も可愛いですよ。シンデレラの継母みたいなもんで。
シンデレラの継母って、可愛いか? てか、あんたがシンデレラなんですか、池本さん! 大学まで柔道やってたという、熊のような巨体のあなたが! って、大袈裟だけど。
──あのヒト、こう言いましたよ、『やってみたら、ジグソーパズルって楽しいだろう? 食わず嫌いはいけないよ』って。つまり、わざと俺がパズルをやらないといけなくなるような状況を用意していったわけですよ、旅行に行く前に。
「それって……」
──もちろん、俺があのオペラ・ガルニエを落っことしたりしない可能性もあるわけだから……。
「罠を仕掛けていったってことですか? 獲物が掛かっても掛からなくてもどっちでも困らないけど、帰宅後のちょっとした愉しみ、みたいな?」
──ですね。
池本さんの言葉に俺は絶句し──次の瞬間、声を上げていた。
「可愛くねぇ!」
その後。
あの手この手で婿をジグソーパズル仲間にしようと画策するお舅さんに精神的にキレた池本さん、「実家に帰らせていただきます!」をやったらしい。彼の場合、基本的にパソコンがあってネットが出来る環境ならば仕事も出来るわけだし。
マスオさんの逆襲というわけだ。
それが欧州への出張から帰ってきた娘にバレて、ジ・エンド。夫婦二人して家を出て、離れたところにマンションでも借りる! って言われたら、そりゃ引き下がるしかないわな。
娘に叱られて、しょんぼりしてるお舅さんが可哀想になった池本さん(奥さん曰く、アレは演技よ! ってことらしいけど)、一計を案じたらしい。
お舅さんと今は亡き姑さんが二人で映ってる写真をパソコンに取り込み、色々加工して(説明してもらったけど、俺にはよく分からんかった)、オリジナルなジグソーパズルを作ってあげたそうだ。
実際の土台やら裁断はツテを頼ってやってもらったらしいけど、それにしても凄い。なんたって、キャビネサイズで五千ピースだ。
──ピンセット使ってやるらしい。俺は想像しただけで気が遠くなった。
お義母さんとの思い出、お義父さんがもう一度組み立ててみませんか?
そう言ってオリジナルジグソーを手渡したら、性格のイイお舅さん、泣いたそうだ。鬼の目に涙、いや、ごほごほ。
まあ、何というか。
<小人閑居して不善を成す>という言葉があるけど、池本さんのお舅さんの場合は、<男やもめ寂しくてムコをいじる>かな?(池本さん、ゴメン)
大団円だね。うん。
……俺はジグソーパズル・アレルギーになったけど。
なのに。
元妻から、娘のののかが最近ジグソーパズルにはまってるって聞いて、俺、父親として悩んでる。やっぱり一緒に遊んでやるべきなんだろうか?
……
……
ののか、ののかが望むなら、パパ、頑張るよ!