第101話 熱中症は恐ろしい 前哨戦

文字数 1,909文字

6月29日。 


今日も蒸し暑い。

昔もらった土産の東京タワー型温湿度計によると、湿度六十八パーセント、気温三十度。

じっとりと、暑い。

それなのに。
エアコンが全然利いていない、ような気がする。てか、利いてない。ついに壊れたのか?

俺はこの夏、どうすれば……!

……とりあえず、今日一日コンセントを抜いて、様子を見よう。

パンツ一丁でブリタの水を飲む。じっとしていても、じわりと染み出す汗。首に巻いたタオルで拭くけど、後から後から吹き出してくる。商店街でもらった団扇で扇ぐと、気化熱でちょっと涼しい……。脱水症が怖いとはいえ、水ばっかり飲んでたら体内の電解質のバランスが狂うかな?

よし。このあいだ山田のお婆ちゃんにもらった三年ものの梅酒を開けよう。十倍くらいに薄めると、なかなかいいような気がする。ちょっと酸っぱめだが、それがいい。酸っぱいのが欲しい──。

エアコン、明日には持ち直してくれるといいな。
てか、持ち直してくれ! 頼む。



6月30日。 


今月は小の月だから、明日からはもう七月だ。

と、いうのに。
何なんだ、今夜のこの涼しさは。

このボロビルは、化粧をしそこねたニューハーフのゴツイおねにいさんの素顔みたいにコンクリートむき出しだから、日が照ると熱が溜まって暑い。だから真夏は地獄だと覚悟してるけど、初夏だというのにこんなんだとカンが狂うなぁ。

エアコン、故障疑惑(?)で昨日から切ったままだけど、ちっとも暑くないや。

明日になれば、また暑いんだろうけど……。

怖い。エアコンをつけてみるのが怖い。本当に故障だったらどうしよう。今年の夏は熱々コンクリートの蒸し焼きの運命かと思うと、まだ試せない、小心者の俺。

ええい。

『明日出来ることは今日するな』という言葉もあることだし、明日だ、明日! 酒や酒や、酒持ってこ~い、って、それは初代の春団冶。



7月1日。  


七月だ。一日だ。

……今日も朝晩涼しい。

昼間は暑いが、夜は涼しい。エアコンはまだつけないでおこう。電気代の節約になるしな。HAHAHAHAHA!

はあ。

かみさまおねがいえあこんこわれていませんようにぷりーずおねがいびってびって、と呪文を唱える俺だった。

リアルコンクリートジャングルで、打ち水と風鈴だけじゃ夏を越す自信がない。窓に簾を吊ってみても、建物自体が太陽に炙られてソフトな焼け石状態になるんだから。

ふう。

溜息が止まらない……。



7月2日。 


今の俺の脳内BGMは、ベートーベンの『運命』。
手にはリモコン。故障疑惑エアコンの、いわば司令塔だ。

お願いだ。効きが悪くてもいいから。少々音がでかくなっても文句言わないから。復活してくれ、エアコンよ! エアーコンディショナーよ!

す、スイッチを入れるぞ。
ははは、手が震えてるじゃないか、俺。

ピッ!

……ちゃらり~ 鼻から牛乳……
思わず脳内再生してしまった、嘉門達夫の歌声。

これから本格的な夏を迎えるというのに……そうか、こんなやり場の無い哀しみと絶望がひたひたと押し寄せるような気分の時には、ベートーベンの『運命』よりも、バッハの『トッカータとフーガ ニ短調』の方がぴったり来るんだな。

知りたくなかったよ、そんなこと……。



7月3日。 


エアコン故障確定から早一日。

何で今日はこんなに暑いんだ。朝から雨がざーっと降ったかと思ったら、すぐに止んで太陽が顔を出す。そして気温と湿度が一気に上昇。肌にまつわりつくじっとりとした空気がたまりません。

そういう日に限って、江島さんちでは庭の草むしり、三田村さんちでは外車三台の洗車+ワックス掛け、さらに、別口のエンストバイクの回収などなど、肉体的にハードな依頼ばかり。

暑い。汗が後から後から流れて来るじゃないか、コンチクショー!

冷たい水の飲みすぎか、何やら胃の調子も悪いし、最悪だ。水風呂にでも浸かってみるかなぁ……。

慣れれば平気になるのかもしれないけど、やっぱりキツい。古いエアコンだし、買った方が安いって言われるだろうけど、先立つものが無い。

宝くじでも買うべきだろうか。

ああ、何かもう、頭が回らない。寝よう。居候の三毛猫に倣って、コンクリートの床に直接寝てみるのも手かも。でも、そんなことをしたら元妻や元義弟の智晴に「身体に悪い!」って叱られそうだなぁ……。

あー、頭がぼうっとしてきた。考えるのが面倒になってきたぞ。

とにかく、俺はもう寝る。
おやすみ、ののか。パパ、暑くても頑張って寝るから!
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