第272話 手々噛むイワシは獲~れ獲れ
文字数 1,251文字
・6月12日 手々噛むイワシは獲~れ獲れ
毎年、この季節になると。
いわっしや いわっしや いわっしや
商店街の魚屋さんから聞こえてくる、威勢のいい呼び込み。
ててかむいわしや とれとれやで~!
群がるお客の注文に応じて次々にビニール袋に入れられるイワシは、ビッカビカのぎんぎらぎん。呼び込み文句の通り、今にも手を噛みそうなくらい獲れたての新鮮さ。
「大将、イワシ十二匹お願いします!」
「お? 何でも屋さん、岩松爺さんのお遣いか?」
袋に手早く詰めて渡してくれながら、大将が言う。
「はい。なんか、今年はイワシのてんぷらと、つみれをつくるらしいです。生姜と青紫蘇も頼まれてて」
「年くってから料理し始めたら凝るっていうしなぁ。あ、つみれと青紫蘇を餃子の皮に包んで揚げても旨いで!」
「ありがとうございます。提案してみます」
この魚屋の大将は、料理のちょっとしたアレンジを教えてくれたりもするので、実は密かな人気がある。スーパーの鮮魚コーナーより、少しだけ足を伸ばしてこの店に来るお得意さんも多い。
女将さんに代金を渡してお釣りをもらう。そこでちょっと客が切れたみたいで、また大将の呼び込みが始まる。
いわっしや いわっしや いわっしやで~! 手々噛むイワシや、獲れ獲れやで~!
その声に釣られてまた人が来る。
日ごろ近隣のスーパーや大型店に押され、この商店街もちょっと寂しいけど、魚屋に限らず、たまにはこんなふうに活気を取り戻すこともあるから、買い物を頼まれる俺としてはうれしくなってくる。
今日は鬱陶しい天気だけど、岩松爺さんは俺にもイワシ料理を振舞ってくれるというし、なんか元気になれそうだ。
ののか、パパ、今日も頑張るからね!
・6月14日 青梅の誘い
今日は梅仕事のお手伝い。
半日水に漬けてあった青梅を取り出して水気を拭いてヘタ取ってをやってるうちに、なんか酔っ払ったような気分になってきた。
甘いような酸っぱいような、爽やかなんだけど、どこか重い芳香が充満しすぎて──。
ハッとして頭を振る俺、危ない危ない。このまま齧ったら美味そうだなぁ、とか考えてしまった。そりゃ、一個齧ったくらいじゃ死にゃしないだろうけど、青梅が毒と分かってて食べるなんてただのバカだもんな。
だけど、美味そう──。
「何でも屋さん? どうしたのそんなに見つめて。その梅、虫喰ってた?」
大きな瓶に塩と揉んだ赤紫蘇と俺が拭いてヘタ取った青梅を交互に詰めてたお婆ちゃんが、不思議そうに声を掛けてくる。
「え? いえいえ、俺が喰いそうになってました」
正直に答えたら、お婆ちゃんウケてた。
「娘もねぇ、昔そんなこと言ってたわ。ダメよ、それは青梅に化かされてるのよ」
そんで、休憩しましょうかと言って、熱い味噌汁と梅干おにぎりと梅シロップのジュースをふるまってくれた。
腹が温まって、ふう、と満足の溜息が出る。美味しかったです、ごちそうさま、と感謝すると、お婆ちゃんは「梅は平らげたから、もう大丈夫ね」とにっこり笑う。
ユーモアのあるお婆ちゃんの、人を喰ったならぬ、梅を喰った話。
毎年、この季節になると。
いわっしや いわっしや いわっしや
商店街の魚屋さんから聞こえてくる、威勢のいい呼び込み。
ててかむいわしや とれとれやで~!
群がるお客の注文に応じて次々にビニール袋に入れられるイワシは、ビッカビカのぎんぎらぎん。呼び込み文句の通り、今にも手を噛みそうなくらい獲れたての新鮮さ。
「大将、イワシ十二匹お願いします!」
「お? 何でも屋さん、岩松爺さんのお遣いか?」
袋に手早く詰めて渡してくれながら、大将が言う。
「はい。なんか、今年はイワシのてんぷらと、つみれをつくるらしいです。生姜と青紫蘇も頼まれてて」
「年くってから料理し始めたら凝るっていうしなぁ。あ、つみれと青紫蘇を餃子の皮に包んで揚げても旨いで!」
「ありがとうございます。提案してみます」
この魚屋の大将は、料理のちょっとしたアレンジを教えてくれたりもするので、実は密かな人気がある。スーパーの鮮魚コーナーより、少しだけ足を伸ばしてこの店に来るお得意さんも多い。
女将さんに代金を渡してお釣りをもらう。そこでちょっと客が切れたみたいで、また大将の呼び込みが始まる。
いわっしや いわっしや いわっしやで~! 手々噛むイワシや、獲れ獲れやで~!
その声に釣られてまた人が来る。
日ごろ近隣のスーパーや大型店に押され、この商店街もちょっと寂しいけど、魚屋に限らず、たまにはこんなふうに活気を取り戻すこともあるから、買い物を頼まれる俺としてはうれしくなってくる。
今日は鬱陶しい天気だけど、岩松爺さんは俺にもイワシ料理を振舞ってくれるというし、なんか元気になれそうだ。
ののか、パパ、今日も頑張るからね!
・6月14日 青梅の誘い
今日は梅仕事のお手伝い。
半日水に漬けてあった青梅を取り出して水気を拭いてヘタ取ってをやってるうちに、なんか酔っ払ったような気分になってきた。
甘いような酸っぱいような、爽やかなんだけど、どこか重い芳香が充満しすぎて──。
ハッとして頭を振る俺、危ない危ない。このまま齧ったら美味そうだなぁ、とか考えてしまった。そりゃ、一個齧ったくらいじゃ死にゃしないだろうけど、青梅が毒と分かってて食べるなんてただのバカだもんな。
だけど、美味そう──。
「何でも屋さん? どうしたのそんなに見つめて。その梅、虫喰ってた?」
大きな瓶に塩と揉んだ赤紫蘇と俺が拭いてヘタ取った青梅を交互に詰めてたお婆ちゃんが、不思議そうに声を掛けてくる。
「え? いえいえ、俺が喰いそうになってました」
正直に答えたら、お婆ちゃんウケてた。
「娘もねぇ、昔そんなこと言ってたわ。ダメよ、それは青梅に化かされてるのよ」
そんで、休憩しましょうかと言って、熱い味噌汁と梅干おにぎりと梅シロップのジュースをふるまってくれた。
腹が温まって、ふう、と満足の溜息が出る。美味しかったです、ごちそうさま、と感謝すると、お婆ちゃんは「梅は平らげたから、もう大丈夫ね」とにっこり笑う。
ユーモアのあるお婆ちゃんの、人を喰ったならぬ、梅を喰った話。