第214話 秋分の日

文字数 1,134文字

・9月22日 季節の変わり目は眠い・

季節の変わり目って、だるいなぁ。

そして、眠い。

今日は珍しく何も仕事が無い。散歩も、お手伝いも、お迎えも、買い物代行も、迷子ペット探しも、エトセトラ、ウントゾーバイター。何にも。なぁんにも。

珍しく、と言えることがありがたい。何でも屋としては。

ともあれ、兎に角眠いのだ。

んー? 「とにかく」って、何で「兎」に「角」って書くんだろう。うさぎのつの? ……うーん、大丈夫か、俺。自分で心配になる。そんなことはどうだっていいじゃないか。

事務所のボロソファ。こんなとこで転寝すると、風邪引くな。風邪引くと、ののかにも智晴にも元妻にも叱られる。だけど、眠い。魔物に魅入られたみたい。

睡魔、とは良く言ったもんだ。

が、魔物より、俺は風邪引いてののかに怒られたり泣かれたりする方が怖い。しょうがない、泣く子と地頭には勝てぬ。とりあえずズボンだけ脱いで、起きてから数時間も経たない寝床にダイビングだ。

あー、洗濯……。

後でいいや。本能の赴くままに、俺は寝る。





・秋分の日・

もう秋分の日か。早いもんだなぁ。

俺、春分の日と秋分の日は、昼と夜が等しくなる日だと思ってたんだが、そうでもないらしい。今日、お天気お姉さんが言っていた。

今日はまだ、昼の方が少し長いのだそうだ。本当に昼夜が等しくなるのは三日後、金曜日だという。

それでも、このところ夕暮れが早い。ほんの少し前までは、夕方五時過ぎでもまだまだ太陽はぎんぎらぎんぎらしてたのに。

ああ、太陽が逃げていく。地球はこれから、太陽から最も遠ざかる<遠日点>に向かうだから。それが即ち、冬至だ。

時が移り、季節が巡っても、何にも変わらない俺。

これって、人間としてどうなんだろう?

……今年、○×歳。己の来し方行く末について、柄にもなく考え込んでしまった俺だった。





・9月24日  芸術の秋 目から塩水・

芸術の秋、というわけじゃないけど。

さっき、うとうとしながらテレビを見ていたら、ピアノの曲が流れてきた。よく知らないが、クラシックだと思う。

それが流れていたのはほんの短い間だったのに、気がつけば、鼻水が。
え? と思って頬を擦ったら、目から塩水が……。

な、何だこれ。何だ、この乙女のような反応は(鼻水は乙女とは言い難いが)! 心の中は大パニック。こっ恥ずかしくて、その辺を転がりまわりたくなったが、身体はぴくりとも動かなかった。

どうやら、俺はそのピアノの音にいたく感動してしまったらしいのだ。こんなことは初めてだ。

心をふるわせる、その音色。

もう一度聴きたいと思ったが、ピアニストの名前も、その曲も、結局分からず終いだった。


更けゆく秋の夜。旅の空にはあらねば、寝床はすぐそこ。
もう寝よう。

夢の中で、あの音色に出会えるかもしれない。
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