第221話 元日、夜店で飴を売る

文字数 1,611文字

・1月1日 元日、夜店で飴を売る・

大晦日夕刻から、明けて元日初日の出頃まで、神社参道夜店の飴玉売りを手伝っていた。寒かった。足が冷えて棒のようだ。それに、ものすっごく疲れた。疲れすぎて眠る元気もないかも。

飴玉売りの店はいわゆる「良い場所」で、面白いくらい売れたけど、地獄のように忙しかった。熱い鉄板の上を跳ねる水玉になったみたいな気分。

……そりゃ、逃げた若い衆の気持ちも分からないではない。

俺は一晩だけの約束で助っ人やってただけだから何とか耐えられたけど、三が日ずっとやれって言われたら無理。

はー。カップ麺つくるのに、湯を沸かすのも面倒だ。

座ったままで身動ぎすると、まだ脱いでなかった上着のポケットに、親方からもらった飴玉の感触。忘れてた。まあいい、これでも舐めておこう。

……どんぐり飴はでかい。

でも、このソーダ味、懐かしいな。昔、弟と縁日に行って買ったのと同じ味だ。甘い……。





・1月2日  書道は初段・

今日は元から何の予定もなく、寝ていられるはずだったんだが、急な依頼が入ったので出かけた。

どんな依頼かって、年賀状書き。元日に着た年賀状のうち、自分が出してない分を書こうというところで、利き手の甲を圧迫骨折したらしい。依頼主の小野田さん、廊下で転びかけて手をついたのが運の尽きだと笑っていたが、新年早々運を尽かしちゃいかんだろう。そこは「運が付いた」って言わなくちゃな、うん。

……シャレじゃないぞ。

小野田さんの年賀状は毎年手書きだという。手を痛め、独り暮らしで他に代わりに書いてくれる人もおらず、困っていたところ、何でも屋である俺を思い出してくれたらしい。

さて。高校の選択科目で取った書道初段の腕の冴え。披露いたしますか。




謹賀新年。

門松は 冥土の旅の一里塚
 めでたくもあり めでたくもなし 
           ── 一休禅師





・1月3日 だらだら寝正月・

うつらうつらとしてしまう。眠いのに眠くない、眠くないけど眠い……意識が途切れがちで、何だかタコになった気分。

新年明けて、初めての何も無い日。休み。

贅沢をして、朝からエアコンを入れている。それでもこのコンクリ打ちっぱなしの部屋の中は足元が冷えるんで、ソファに毛布を敷き、足元には湯たんぽをセットしている。

あー、ビールがぬるくなってしまった。次はワンカップでもいくかな……。

だらだらするのが気持ちいい。身も心も弛んでいく。気分は日向のオットセイ。どてらを着込んだまま、ごそごそと毛布に潜り込む。ああ、至福。

遠く聞こえるテレビの音。

まるで子守唄みたいに聞こえる。うーん、このまま眠ってしまいたい。

……
……

──パパ、うたた寝するとかぜひいちゃうよ! 

俺は、はっと身を起こした。
今、ののかの声が……夢か。

いかんいかん、風邪を引くとののかに怒られる。智晴にも元妻にも怒られる。気をつけよう。

んー、とりあえず、起きて餅でも焼くか。どっかに海苔あったかな。





・1月5日 年寄りが餅を喉に詰まらせる・

今日はえらい目に遭った。

気のいいゴールデンリトリーバーのベルちゃんの散歩を終えて、飼い主の柚木さんちに連れて帰ったら。

柚木さんのご父君・御年八十二歳が、餅を喉に詰まらせて大騒ぎになっていた。

俺はベルちゃんを繋ぐのも忘れて家に上がり込み、大声で掃除機を持って来るように言った。慌てて運ばれてきた掃除機の筒先を引っ掴み、喉を掻き毟って苦しむご父君の喉に突っ込んで、吸引レベルを最大にしてスイッチを入れる。

餅は、取れた。

良かった……。

安心した途端、その場にへたり込んだ。しばらく動けなかった。


はあ。

念のため、病院へ行ってもらったけど、お年寄りに餅は危険だ。良く噛んで注意深く飲み込めば大丈夫なんだろうけど……。

柚木さんたちご家族には感謝してもらったが、俺はとにかく怖くかった。下手したら亡くなってたかもしれないんだ。

全国のお年寄りにお願いです。餅は小さく切って、良く噛んで食べてください……。
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