第290話 光学迷彩猫

文字数 1,274文字

・11月20日 案外本人は気づかない

風呂に入るために、服を脱ごうとして驚いた。

セーターが裏返し、しかも後ろ前逆。

……そういえば、今日にかぎって会う人会う人、何だか妙にもの言いたげだったのは、このせいだったのか。なのに、何の違和感も疑問も感じなかった俺って一体……。

大家にもらった手編みのセーター、胸のど真ん中にとぼけた顔の羊の絵。これが裏になってるんだから、そりゃ変だわな。俺、何で気づかなかったんだろう……。

うが~!

はっきり言われるより、黙って生温かく見守られる方がダメージがキツイ。──そんなことを実感してしまった冬の夜。





・11月24日 猫たちの不思議

平日の昼下がり、駅裏の不法駐輪の群れ。

あっちのミニバイクのサドルに一匹。
こっちの自転車の籠に一匹。
そっちのママチャリの荷台にも一匹。

様々な柄の野良猫たちが、互いに我関せずといった様子で思い思いに寝ている。寒そうに、足を体の下に縮めるようにして。

……いつ見ても、シュールだ。

彼らは何故、わざわざ自転車やミニバイクに群がるのだろうか。近くの空き地に行けば、枯れた雑草が干草のベッドみたいになってるのに。今日みたいな天気の良い日は、隙間だらけの自転車のカゴなんかで寝るより、断然あったかいと思うんだけどなぁ。

猫って、不思議だ。





・11月26日 光学迷彩猫

朝晩がぐーんと寒くなって、銀杏並木がきれいな黄金色を見せるようになった。晴れた日なんかは、まるで輝くように美しい。

美しい。見てるぶんには。
──なんたって、本日のメインの仕事は落ち葉掻き。

はらはらわさわさ大量に落ちてくる葉っぱは、下のほうが昨日の雨のせいで湿っていて重い。かなり力がいる。背中にじわりと滲む汗。後でよく拭いておかないとな。

そんなことを考えながら、ぼーっと落ち葉を掻き寄せてたら……。

「うわっ!」

俺は腰を抜かしそうになった。何でって、いきなり落ち葉の塊が跳ねて飛び出して……え? 落ち葉の妖怪? 落ち葉が命持っちゃった?

怖いのに目が離せず、じっと見つめる。と同時に、力が抜けた。それが何か分かったんだ。

猫だ。三毛柄の。落ち葉の黄色と太陽の織り成す光と影、それが三毛柄にマッチ(?)して、まるで天然の光学迷彩。

ったく、驚かしやがって、このプレデターキャットめが。





・11月27日 戦略的無抵抗?

枯葉の舞い散るこの季節、特に増える樋掃除の仕事。屋根に登るのに、伸縮自在のアルミ梯子が大活躍だ。

降りる時も慎重に、と思ってたのに。

何をぼんやりしてたのかな、最後の一段踏み外して梯子ごと横倒してしまった。幸い怪我はしなかったけど……。

近くの桜の木に止まってたカラスが、「アホー!」と鳴きやがったのがなんかムカつく。あいつ、この間、俺の頭の上に胡桃を落とそうとしたやつじゃないか?

お前の方がアホー! と下手糞な鳴き真似してやったら、カラスのやつ、止まっていた枝からこちらに向かって一直線に羽ばたいて、ボトッと糞を落としていきやがった。

やんのか、コラ!

……
……

腹立つけど、やらねーよ、コラ! カラスの敵認定の恐ろしさは、話に聞いて知ってるからな……。
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