第224話 亡き妻の遺したカレー・レシピ
文字数 2,039文字
・2月19日 亡き妻の遺したカレー・レシピ・
山田の爺さんの作ったカレーをおよばれしていたら、思いっきり鷹の爪を噛んでしまった。
うおお、口の中に広がる焦熱地獄! 辛いとかそんなんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……強いて言うなら、熱い。そして痛い。
辛いカレーだとは思ったけど、まさかこんなモノが入っていたとは……。
爺さんは慌てて水をついでくれたけど、辛くて辛くて、俺はしばらく悶絶してしまった。だってさ。元妻がいつも作ってくれていたのは、♪りんご~とはちみつとろ~りとけてる♪グ○コ・バーモントカレーの甘口だったんだ。俺、本当は辛いもん苦手なんだよ……。
でもさ、去年亡くなった妻の味を再現する! って頑張った山田の爺さんの心意気、応援したくなったんだよなぁ。でも、こんなことなら、テレビのリモコンの修理(単に電池切れだったんだが)を終えたら、すぐにお暇しておけば良かった。
反省。
山田の爺さんは辛いカレーが好きで、奥さんの残したレシピどおりに作ったらしいんだが、彼自身はこれまで鷹の爪を直接齧ってしまったことはないらしく、煮込んだ鷹の爪を取り除くことまでは思いつかなかった、というか、全く思いつきもしなかったようだ。
ものすごく申しわけなさそうに謝られたけど、悪気は無かったんだし……。
なにより。
妻の作ってくれたカレーが最高! っていうの、俺にも分かるからさ。
そ、それにしても、辛い。あ~、水なんかいくら飲んでも……。
とりあえず、牛乳かヨーグルトが冷蔵庫に入ってないか聞いてみよう。「辛いカレーには、水を飲むよりそういうのが効くのよ!」って元妻が言ってたし。
……ああ、今ならゴジラになれそうだ。口から吐くのは放射能じゃないけど。
・3月4日 シャム柄の仔猫・
田宮さんちで飼い猫のモモちゃんが子猫を産んだというので、見せてもらいに行った。田宮さんからは、時々小学生の娘さんのピアノ教室の送り迎えを頼まれる。
モモちゃんは毛色が真っ白で、目が金眼銀眼のいわゆる福猫。シャムの血が混じってるらしい。おとなしくてとてもいい子だ。
田宮さんが言うには、産まれた四匹の子猫のうち、二匹の毛色が妙なのだそうだ。んー、こいつら、眼は開いてるけどまだ見えてないな。すぐ見えるようになるだろうけど。
真っ黒一匹、真っ白一匹。後の二匹は──たしかに変わった色に見える。白でもないし、灰色でもないし、うーん、微妙……。
と、思ってよく見たら、耳の先と鼻の先、手足と尻尾の先の色が少し濃いかも?
あ、そうか!
「この二匹は多分、毛色がシャム猫そっくりになりますよ」
「え? モモは白猫なのに?」
驚く田宮さん。
「モモちゃんはシャム猫がかってるから……多分、父親猫も同じような感じじゃないかなぁ。そういう両親からは、先祖返りというか、柄だけはシャム柄の猫が生まれることがあります」
へぇ、と田宮さんは感心する。
「ほら、耳の先とかよく見てください。ちょっと色が濃いでしょ? もう少ししたら、もっと濃くなりますよ」
それからしばらくしてから、田宮さんから画像添付メールが来た。そこに映っていたのは……見事なシャム柄なのに、顔は丸い子猫。
母猫のお乳をお腹いっぱい飲んだ後らしく、満足そうに眠っているその丸々とした二匹の子猫が、狸に似ている、と思ったのは内緒だ。
や、本当に似てるんだって。
・3月5日 駒蔵地蔵さんとペアルック?・
寒いけど、春だ。
その証拠に、梅の花が満開だ。
見事な花を咲かせる梅の根元には小さな祠があって、お地蔵さんが祀られている。駒蔵地蔵、というらしいが、その名の由来は誰も知らないのだという。まあ、このあたりも世代交代と人の出入りで、かなり変わってるようだしな。
その駒蔵地蔵さん、定番の赤い涎掛けともうひとつ身につけていらっしゃる。ふわふわレインボーモヘヤの毛糸で出来た、小さなケープ。
あの配色、このあいだ俺が今南のお婆さんからもらったマフラーと、そっくり同じものに見えるんですけど。──そういえば、お婆さん、近所のお地蔵さんの世話をしてるって言ってたことがあったなぁ。
今南のお婆さんは話好きで、手芸が趣味だ。頼まれて電球(っていっても輪っかのやつだけど)を取り替えたり、樋掃除に行ったりするたび、手袋もらったり、靴下(これが結構助かる)もらったりする。
もしかしたらそういう作品も、このお地蔵さんとお揃いだったのかもしれない。
お地蔵さんとペアルックかぁ……って、材料が同じってだけかもしれないけど。でも、それはそれで何かいいかもと思えてくる。
うーん、梅の香りがほのかに漂ってくるぞ。風流だ。
なぜかみたらし団子が食べたくなってきた。
花といえば団子。この先に和菓子屋の亀屋があったな。あそこのみたらし団子を買ってきて、お地蔵さんと梅の花見をしようか。
「あ? 花びら?」
と、思ったら、雪だった。道理で寒いはずだ。途端に鼻がむずむずして……。
「べーっくしょっ!」
くしゃみが出た。……お地蔵さんに笑われたような気がした。
山田の爺さんの作ったカレーをおよばれしていたら、思いっきり鷹の爪を噛んでしまった。
うおお、口の中に広がる焦熱地獄! 辛いとかそんなんじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……強いて言うなら、熱い。そして痛い。
辛いカレーだとは思ったけど、まさかこんなモノが入っていたとは……。
爺さんは慌てて水をついでくれたけど、辛くて辛くて、俺はしばらく悶絶してしまった。だってさ。元妻がいつも作ってくれていたのは、♪りんご~とはちみつとろ~りとけてる♪グ○コ・バーモントカレーの甘口だったんだ。俺、本当は辛いもん苦手なんだよ……。
でもさ、去年亡くなった妻の味を再現する! って頑張った山田の爺さんの心意気、応援したくなったんだよなぁ。でも、こんなことなら、テレビのリモコンの修理(単に電池切れだったんだが)を終えたら、すぐにお暇しておけば良かった。
反省。
山田の爺さんは辛いカレーが好きで、奥さんの残したレシピどおりに作ったらしいんだが、彼自身はこれまで鷹の爪を直接齧ってしまったことはないらしく、煮込んだ鷹の爪を取り除くことまでは思いつかなかった、というか、全く思いつきもしなかったようだ。
ものすごく申しわけなさそうに謝られたけど、悪気は無かったんだし……。
なにより。
妻の作ってくれたカレーが最高! っていうの、俺にも分かるからさ。
そ、それにしても、辛い。あ~、水なんかいくら飲んでも……。
とりあえず、牛乳かヨーグルトが冷蔵庫に入ってないか聞いてみよう。「辛いカレーには、水を飲むよりそういうのが効くのよ!」って元妻が言ってたし。
……ああ、今ならゴジラになれそうだ。口から吐くのは放射能じゃないけど。
・3月4日 シャム柄の仔猫・
田宮さんちで飼い猫のモモちゃんが子猫を産んだというので、見せてもらいに行った。田宮さんからは、時々小学生の娘さんのピアノ教室の送り迎えを頼まれる。
モモちゃんは毛色が真っ白で、目が金眼銀眼のいわゆる福猫。シャムの血が混じってるらしい。おとなしくてとてもいい子だ。
田宮さんが言うには、産まれた四匹の子猫のうち、二匹の毛色が妙なのだそうだ。んー、こいつら、眼は開いてるけどまだ見えてないな。すぐ見えるようになるだろうけど。
真っ黒一匹、真っ白一匹。後の二匹は──たしかに変わった色に見える。白でもないし、灰色でもないし、うーん、微妙……。
と、思ってよく見たら、耳の先と鼻の先、手足と尻尾の先の色が少し濃いかも?
あ、そうか!
「この二匹は多分、毛色がシャム猫そっくりになりますよ」
「え? モモは白猫なのに?」
驚く田宮さん。
「モモちゃんはシャム猫がかってるから……多分、父親猫も同じような感じじゃないかなぁ。そういう両親からは、先祖返りというか、柄だけはシャム柄の猫が生まれることがあります」
へぇ、と田宮さんは感心する。
「ほら、耳の先とかよく見てください。ちょっと色が濃いでしょ? もう少ししたら、もっと濃くなりますよ」
それからしばらくしてから、田宮さんから画像添付メールが来た。そこに映っていたのは……見事なシャム柄なのに、顔は丸い子猫。
母猫のお乳をお腹いっぱい飲んだ後らしく、満足そうに眠っているその丸々とした二匹の子猫が、狸に似ている、と思ったのは内緒だ。
や、本当に似てるんだって。
・3月5日 駒蔵地蔵さんとペアルック?・
寒いけど、春だ。
その証拠に、梅の花が満開だ。
見事な花を咲かせる梅の根元には小さな祠があって、お地蔵さんが祀られている。駒蔵地蔵、というらしいが、その名の由来は誰も知らないのだという。まあ、このあたりも世代交代と人の出入りで、かなり変わってるようだしな。
その駒蔵地蔵さん、定番の赤い涎掛けともうひとつ身につけていらっしゃる。ふわふわレインボーモヘヤの毛糸で出来た、小さなケープ。
あの配色、このあいだ俺が今南のお婆さんからもらったマフラーと、そっくり同じものに見えるんですけど。──そういえば、お婆さん、近所のお地蔵さんの世話をしてるって言ってたことがあったなぁ。
今南のお婆さんは話好きで、手芸が趣味だ。頼まれて電球(っていっても輪っかのやつだけど)を取り替えたり、樋掃除に行ったりするたび、手袋もらったり、靴下(これが結構助かる)もらったりする。
もしかしたらそういう作品も、このお地蔵さんとお揃いだったのかもしれない。
お地蔵さんとペアルックかぁ……って、材料が同じってだけかもしれないけど。でも、それはそれで何かいいかもと思えてくる。
うーん、梅の香りがほのかに漂ってくるぞ。風流だ。
なぜかみたらし団子が食べたくなってきた。
花といえば団子。この先に和菓子屋の亀屋があったな。あそこのみたらし団子を買ってきて、お地蔵さんと梅の花見をしようか。
「あ? 花びら?」
と、思ったら、雪だった。道理で寒いはずだ。途端に鼻がむずむずして……。
「べーっくしょっ!」
くしゃみが出た。……お地蔵さんに笑われたような気がした。