第242話 お米の国の人だから

文字数 1,736文字

・11月3日 文化の日の<俺>

今日は、娘のののかのピアノの発表会だった。

仕事をやりくりして何とか会場に駆けつけ、防音扉の隙間からそおっと中に滑り込んでみると、ちょうどののかの演奏が始まるところだった。間に合って、良かった……! 心の中でガッツポーズをしつつ、俺はその場で立って聞くことにする。

何という曲かは知らないけれど、立派に弾いてる、ののか。今日のために、毎日一所懸命に練習していたのだと、元妻から聞いている。その彼女もこの会場のどこかで、娘が演奏する姿をハラハラと見守っているんだろう。

またすぐに次の仕事に向かわないといけないので、演奏を終わったののかがきちんと観客に向かって礼をするのを見届け、俺は外に出た。

後で、ののかにメールを入れよう。パパ、ちゃんとののかのピアノ、聴きに行ったよ、って。





・11月4日 お米の国の人だから

昨日、近くの商店街でやってた福引で、三等を当てた。

一等 豪華温泉旅館に一泊券(食事つき)
二等 デジタルカメラ
三等 新米30キロ

新米三十キロ。でかした、俺! 何という快挙。豪華温泉旅館より、デジタルカメラより、米だよ、米。しかも新米。これで当分食うには困らない。

昨日はまだ前日の飯が残ってたんでそれを食べたから、新米を炊くのは今夜が初めてだ。ああ、いい香り。お米がつやつやだ。

そこに、この間、家賃を払いに行った時に家主にもらった高級ふりかけをかけると・・・

美味い!

思わず感動の涙が出そうなくらい、美味い。ああ、お米の国の人で良かった。つい、そんなことを思う晩秋の夜。





・11月14日 娘って、いいなぁ  ※この年は新型インフルエンザでした※

新型インフルエンザが流行ってる。今年の五月あたりにメキシコを中心に広がりだしたこの病気、今じゃ世界的なパンデミックだそうだ。

国内でも、体力のあるはずの若い人や、子供が罹患して亡くなっている。

この辺りの小中高等学校でもちらほら流行りだしたらしい。学級閉鎖どころか休校になるところが出ていると聞いて、驚くと同時に不安になった。

離れて暮らしてるけど、娘のののか、大丈夫かな? 

電話して聞いたら、本人曰く「フルマラソンできるくらい」元気だそうだ。今のところ、周囲にも感染した子供はいないらしい。

「パパのほうこそ、気をつけてね」

反対に、そう言われた。

「パパ、かぜ引きやすいでしょ? パパはお熱が高くなるタイプだから、しんぱいだってママも言ってたよ」

うっ……パパだって気をつけてるんだよ。

「お外からかえったら、ちゃんとうがいして、手を洗うのよ? ののかもちゃんとやってるんだから」

うん。分かったよ。

素直に答えながらも、一人前の口を利く娘に、つい、顔がにやけてくる。

こんなふうに心配される父親ってのも情けない気はするけど、そうされると、胸の奥がくすぐったくて、ほわほわする。

娘って、いいなぁ。





・11月17日 猫と湯たんぽ

今日は一日雨。ひどく冷える。缶コーヒーで暖を取りつつ、何とか仕事をこなした(買い物とか買い物とか犬の散歩とか壊れた自転車を取りに行くとか傘を持ってお迎えに行くとか)。

ハードだ。

晩飯食って風呂入って、このまま寝てしまいたいところだが、まだデスクワークがある。新規の顧客の追加やら、依頼内容やら何やら。これをさぼると、後で泣きを見る。

ま、こういうのは、前の会社の仕事で慣れてるけどさ。

湯冷めしてもつまらないので、パジャマの上にフリースを着て、さらに綿入れ半纏を羽織った。風呂入る前にやっときゃ良かったな……。

久しぶりに湯たんぽを入れて、ボロソファの上に畳んでおいた毛布にセット。これにくるまってノートPCのキーボード叩くんだ。と。その前にコーヒーでもいれるか、と台所に立ったのがまずかった。

居候の三毛猫が毛布の上に乗ってやがる。

お前、何時の間に。気持ち良さそうに寝やがって、こら! どけったら! ……どくわけないか。

いや、俺は負けない。まず猫をどかせ(抗議の声を上げられた。居候のくせに)、毛布を広げる。それを肩から羽織る。ソファに座って湯たんぽを抱き、ついでに猫も抱いて、毛布の端を掻きあわせてみのむしみのむし。

これで文句ないだろ、猫め。

……ごろごろ機嫌のいい猫、重い。キーボード打ちにくい。ううう。
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