第352話 昏きより 4

文字数 2,385文字

ユウカちゃんを無事塾に送り届けて、エントランスドアの前でバイバイする。ここに通ってる他の子たちの中にも、たまに俺が送り迎えする子がいるから、その子たちにも勉強頑張ってね! と手を振っておく。おじさんも頑張ってね、と励まされた。うん、おじさん頑張るぞ~!

自転車に跨って、額田さんちに急ぐ。シェパードのディド嬢を散歩に迎えに行くんだ。ディドちゃんじゃなくて、ディド嬢。なんか気品があるんだよな。

自転車は額田さんちの門扉の内側に置かせてもらって、ディド嬢ともう暗くなった道を歩く。彼女が一番好きなのはここからちょっと遠い駅裏コースなんだけど、次は額田さんちから遠い吉井さんちまで行かないといけないから、小さい公園めぐりコースにして、軽く走ったりして運動させることにする。

基本、聞き分けのいいディド嬢なんだけど、彼女は実は他の犬が嫌い。たまに行き会う散歩犬に気づくと、俺の後ろに隠れようとする。威嚇するほうの嫌いじゃなくて、そこはありがたいんだけど、相手の犬が友好的だったりすると、よけい怖がって俺の背中に縋ろうというか、登ろうとするからちょっと困る。

レディに言うことじゃないけど、重いよ、ディド嬢。ほらほら、あっちの飼い主さんも苦笑いしてるじゃないか。はいはい、ディドはいい子。お耳を掻い掻いしような。もふ耳をわっしわっし。

あ、向こうから来るのはマツちゃんタケちゃんのチワワ兄弟を連れた梅木さん。へえ、梅木さんもこっちのほうに来ることがあるのかぁ。──こんばんは! 珍しいですね、こっち方面でお会いするの。ああ、商店街のお肉屋さんでコロッケ買ってきたんですか。あそこ美味しいですもんね。え? 冬至限定カボチャコロッケ?

たしかハロウィンのときも、“ハロウィン限定パンプキンコロッケ”やってたような……。え? その時とは南瓜の種類が違うって大将言ってた? あはは、いろいろ工夫してるんですね。あそこ、揚げ物売り場は通りに面したカウンター形式になってるから、ひょいと一個とか買いやすくてありがたいですよねぇ。

え? ひとつくれるんですか? 美味しそうで買いすぎた……わかります。ついつい、ねぇ。冷めても美味しいけど、そりゃやっぱり温かいほうが。すみません、ありがとございます! ってマツちゃんタケちゃん、ディド嬢にかまわないであげて。彼女、犬が苦手なんだ。

梅木さんが笑う。お前たち、女受け悪いなぁ。ああそういえば、セントバーナードのナツコちゃんにも彼ら苦手がられてたっけ。いやあ、梅木さん、ディド嬢は犬全般が苦手なので、松竹コンビだけがダメなわけじゃないんですよ。

こいつら騒がしいからしょうがないよ、と笑いながら梅木さん、彼らをダブル抱っこしてしまった。チワワは小さくて軽いからこういうときは扱いやすいよね。すみません、気を遣っていただいて。コロッケ、歩きながらいただきますね!

三角の白い紙袋に入ったコロッケは、片手でも食べやすい。行儀悪いけど、歩きながらさくさくっと食べちゃう。うん、まだ中のほう温かい。南瓜に、お肉屋さんのコロッケらしく多めの挽肉、カレー粉が入ってて、甘すぎない、絶妙な味加減。

……ごめん、ディド嬢。つい話し込んでしまった。でも、チワワ兄弟はフレンドリーだし、飼い主の梅木さんは理解があって、相手の犬が苦手そうだったらああいうふうに抱っこして抑えてくれるから、他の犬に慣れる練習にちょうどいいと思ってさ。よしよし、ごめんごめん。じゃあ、ジョギングして帰ろうか?

ちょい拗ね気味のディド嬢のリードをしっかり握って、額田さんちを目指す。軽く走り出したら、すぐ機嫌を直してくれた。でも微妙に引っ張り気味……やっぱり拗ねてるのかな?

額田さんちに到着、ディド嬢を額田さんに引き渡す。途中あったことを軽く報告して……、じゃあな、ディド嬢。また今度散歩に行こうな。

よし、次はグレートデンの伝さんだ。

自転車を適度に飛ばして吉井さん宅へ。伝さん、お待ちかねだった。今日の朝は吉井さんが散歩に連れていったらしいんだけど……、距離が短くて物足りなかったみたいだな、と苦笑い。あはは、そのぶん、たくさん歩かせてきますね。自転車、お願いします。

ここでも自転車を置かせてもらって、伝さんと公園巡りコースへ。帰りはちょっと遠回りして、軽くジョギング。おおっと、仕事帰りのご婦人、すみません。リードは短く持ちますから。これ、グレートデンっていうんですよ。見かけはでかくて怖いかもしれないけど、温厚なんです。

そんなこんなで伝さんとの散歩を終えて、吉井さん宅に到着。バイバイ、伝さん。また明日。吉井さん、失礼します。

頑張って自転車漕いで、子供塾までユウカちゃんのお迎えだ!







はぁ……。今日も働いた。事務所兼自宅のボロビル、二階までの階段を登る足が、重い……。ドアを開けると、外よりはマシ程度のコンクリート打ちっぱなしの寒い部屋。もう、迷わずエアコン入れる。三毛猫は暖かいコタツの中から出てこない。

「……」

ユウカちゃんを送っていったら、木倉さんがかぼちゃプリンくれた。──これは冷蔵庫に入れて、明日のおやつにしよう。ありがたいけど、南瓜続きで今日はもう、ちょっと……。うう、カレーが食べたくなってきた。

風呂の湯沸かすまでのあいだに、ご飯大盛りレトルトカレーとラッキョウ、レンジでチンしたブロッコリーで晩飯。なかなか沸かないからちょっと事務仕事もして……。

ふわあ……。風呂入ったらもう眠くて……。戸締りと火の用心ばっちりOK。今夜はもう寝る。

布団に潜り込んできた居候の三毛猫のごろごろを聞きながら、夢の世界にダイブ──あ、御堂さんの部屋着、連絡するの忘れてた。赤紫と黄色の派手面白い柄、ボロソファに掛けて……。

……時間もう遅……ねむ……。ああ、お日様色の、あのシトリンの……たま……は……。

ぐー……zzzzz






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