第233話 安西冬衛にごめんなさい

文字数 1,772文字

・4月12日 男は黙ってクリーニング!・

天気が良いので、冬物の洗濯をした。

毛糸のセーター(アクリル90%、毛10%)とか、毛糸のプルオーバー(アクリル75%、毛25%)とか毛糸のカーディガンとか(アクリル100%)とか、毛糸の腹巻(アクリル10%、毛90%)などなど洗濯機に入れる。

冬の間もたまには洗っていたが、まとめ洗いはやっぱり季節変わりのお約束だよな。もちろん、洗剤はおしゃれ着洗い専用だ。

が。これだけはクリーニングに出した方がいいのかな……。

毛糸のセーター(100%純毛アルパカ)。

去年のクリスマス、娘のののかがくれたものだ。叔父である智晴にデイトレードの手ほどきを受けた彼女は、損をしない程度にそこそこの利益を上げているらしく、俺の誕生日とかクリスマスに「ささやかな」プレゼントをくれる。

俺の持っている中で一番質が良くて高価な毛糸衣類は間違いなくこれだ。もったいなくてあんまり着てないけど、自分で洗って縮んだり風合いが変わったら困るし、かといって、そのまま仕舞って虫がついたら悔やんでも悔やみきれない。

よし。もったいないとかセコイ考えはよそう。男は黙ってクリーニングだ!

……我ながら、しょぼい決意だなぁ。





・4月13日 眠れぬ夜 月はおぼろ・

真夜中の、月はおぼろ。

今日も昼間は暑かった。けど、夜はやっぱり少しは冷える。春先と秋口は着る物に注意しないとな。風邪引いたりしたら……。

──学校休んで、かんびょうしに来るからね!

ののかに怒られる。ついでに、元妻と元義弟の智晴にも叱られる。家主にも諭されるような気がする。

俺って幸せもんだよな。うん。

なんか眠れないから屋上に出てきたけど、そろそろ戻って寝るか。ホットミルクでも飲んで……。


長門さんちのカーリーコーテッド・レトリバー、ホームズ君。雌だったけど、ホームズ。今日、老衰で眠るように逝ってしまったと聞いた。時々散歩頼まれたけど、大人しくていい子だった。カールした毛にブラシを掛けてやると、気持ち良さそうに目を細めていたっけ。

長門さんは彼女のいい飼い主だった。仔犬から成犬、そして命の最期まで。ずっと可愛がってもらったホームズは、幸せだったと思いたい。





・4月14日 頑張れ、俺!・

朝から、雨がだばだばだば。

午後からはさらに雨脚が強くなった。こんな日には、買い物依頼が飛び込んで来ることが多い。が、しかし。何でスーパーの特売が今日なんだ……! てか、スーパーの特売日に雨降るな! 大っ嫌いだ、鉛色の空なんて。

酒、醤油、酢、塩、砂糖。重いものばっかり。猫田のお婆さんから頼まれたものを自転車の前カゴに積む。こういう時に便利なのが、前垂れ付きのレインコートだ。長い前身ごろの部分をカゴに被せると、荷物は濡れない。



俺自身もあまり濡れない。ま、足元はしょうがないけどな。なんたってペダル漕がなきゃだし。それだって、長靴で何とかなる。

主婦のアイデア商品らしいけど、すごいよなぁ。

「くっ……!」

俺は無意識に歯を食いしばった。目の前には、傾斜十度の坂道。猫田さんの家はこの坂を越えたところにある。頑張れ、俺。負けるな、俺。何でも屋は体力で勝負!





・4月15日 安西冬衛にごめんなさい・

春。

チャウチャウが一匹、ダックスフントの頭上を越えていった。

……
……

蓮の(うてな)の上で、安西冬衛が溜息をついてるような気がする。
けど、見たまんまだし。

横合いからいきなり走ってきた見知らぬチャウチャウが、俺の連れてるダックスフントのダーク君の頭を飛び越して行ったんよ。突然のことで、びっくりした俺は思いっきり尻餅ついてしまった。

ダーク君のリードを持ってる方の手は使えなかったんで、モロにこけてしまった。痛い。走り去る茶色のチャウチャウ。その後を追いかける飼い主らしき男性。……飼い犬はちゃんと躾けましょう。

「く~ん?」

ひっくり返った俺を、つぶらな瞳で心配そうに見つめるダーク君。よしよし、俺は大丈夫だから。君を巻き添えにしなくて良かったよ。

「くぅん」

ひゃひゃひゃ、ダーク君、舐めないで、くすぐったい! いい子だから落ち着いて。

ダーク君の頭をひと撫でして立ち上がる。イテ。あー、尻の辺り、痣になってるだろうなぁ。もうオジさんなのに、今更蒙古斑はイヤだ。




春 
 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った
                安西冬衛
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