第288話 九官鳥は夜の女王

文字数 1,319文字

・11月4日 九官鳥は夜の女王

あっ! 自転車押しながら歩いてたら、聞こえてきた。

 ──であへれらっ~へこっひまいねむへるつぇん とーとうんふぇあつう”ぁいふるん♪

ちょっと聞くと人間の声、しかも素晴らしいソプラノの歌声に聞こえるが、実は違う。歌っている、いや、鳴いているのは……。

 ──とーとうーんふぇあつう”ぁいふるんふら~めうみっひめ~♪

国木田さんちの九官鳥、キュリちゃんだ。キュリちゃん、ちょっと前に逃げ出して二週間ほど行方不明になってたんだが(そして俺が見つけて捕まえたんだが)、その時にはこの歌を覚えて鳴いて(?)いた。

捕まえた時、びっくりしたよ。人間そっくりの声で「ははははははははは~♪」だもん。国木田さんも困惑してる。そんなん、家で聴いてたこともなかったって。

キュリちゃん、どこで覚えてきたのかなぁ。

モーツァルトの『魔笛』から、『復讐の心は地獄のように我が心に燃え』。





・11月8日 家に嫌われるということ

坂東の爺さんの碁の相手をしている間に、すっかりと暗くなってしまった午後五時半過ぎ。明かりのついていない家の前で、道に這いつくばって何かを探しているらしき人影がひとつ。

声を掛けてみると、この家の持ち主、現在大学病院に入院中の万年青さんの孫だという。探していたのは当のこの家の鍵。来る前に確かに財布に入れて、何度も確認したはずなのに、いざ使おうとしたらどこにも見当たらず、落としたのかもしれないと思って探していたのだそうだ。

これまでも、何度もここに来ているのに、そのたび何かアクシデントがあって、中に入れないのだという。

「……この家に、嫌われてるんですよね、俺」

溜息とともに呟いて、肩を落として彼は去っていった。

──家に嫌われるって、そんなことがあるのかなぁ。





・11月10日 食料を切らせておりまして

今日は。

朝から伝さんの散歩にドンちゃんの散歩、病院の送り迎えに昼食の調達、届け物、引越しの手伝い、木から下りられなくなった猫の救出、買い物、塾の送り迎え。

……充実した一日だった。お陰で自分の昼飯忘れた。

腹減った。

空っぽの冷蔵庫見てるとよけい腹が減る。人の買い物ばかりで、自分の買い物するの忘れてた。パンも無い。米も無い。うどんも無なければインスタントラーメンも無い。

しょうがない、コンビニ行くか……。





・11月12日 カラスは賢い、はずなんだけど

庭先を囲うための、ちょっとしたパーテーション作りを頼まれた。材料として幅広の薄い板をホームセンターのDYIコーナーで調達し、軍手をはいた手を添えて、頭に乗せるようにして運んでたら。

ガツン! ……コツン

突如俺を襲った衝撃。そして、足元のアスファルトに転がる濃いベージュ色の丸こい何か。これは……。

「胡桃?」

突然のことに唖然としていると、頭上で「アホー!」とカラスが鳴いた。板を見ると、胡桃が当たったと思しき場所が割れている。

「……」

俺は声のした方を見た。電線の上に大きなカラス。空から落として、割って食べようとしたようだ。話には聞いていたけど、本当にそういうことするんだな。だけど……。

胡桃は割れなかったよ、カラス。こんな薄い板で割れるわけないだろ。
ってゆーか。

人の頭に、落とすな!
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