第223話 滑って転ぶ

文字数 1,633文字

・1月14日 滑って転ぶ・

アスファルトに降りた霜が、不思議な模様を描く早朝。

滑って転んだ。

よく見ると、民家の玄関先の道路が、水浸しになっている。何でこんなところに水? と一瞬呆然としたけど、多分、あれだ。車のフロントグラスやリアウィンドウについた、硬い霜。あれを落とすために水を撒いたんだ。今朝のこの寒さで、そのまま凍りついたんだろう。

危ないなぁ。だいたい、ここ、駐禁じゃないのか? いつもでかい車が止まってるけど、この家の車だろ?

うーん。俺は上手に転んだ(?)みたいだから怪我も何もなかったけど、自転車とかだと危ない。一応近所の交番のお巡りさんの耳に入れておくかな。

何でも屋は、地域の皆さんの役に立ってこそ。
──と、いうのはちょっとだけ建前。

俺が腹立ったんだよ! 怪我はなかったけど、転べば痛い。青タンくらは出来てるかもしれない。

あーあ。怒りのあまり、腹が減ってきた。うっかり食べるの忘れたからなぁ。しゃーねぇ、コンビニで肉まんでも買うか。





・1月15日 チラシ代わりのポケット・ティッシュ・

何でこんなに寒い日が続くんだ。冬だからか。

川原さんちの天井照明を換えに行くのに、自転車に乗ってたらハナが出た。手袋忘れるし、寒さで脳味噌まで凍ったかな。

あー……。

こういう時ありがたいのが駅前で配ってるティッシュ。テレクラのだろうが新しく出来たヘアサロンのだろうが、キャバクラのだろうが気にしない。ティッシュはティッシュだ。

ん? これ、ホストクラブのじゃないか? 見境無く配るなよ、新入り(なんだろうな)の兄ちゃんよ。俺のどこが女に見えるんだ。

……その時、ぞくっと寒気がした。

去年、使い物にならなくなったアダプタの代わりを譲ってもらうために、女装させられたことを思い出したんだ。

くっ……! 芙蓉め……!

いつかぎゃふんと言わせたい(死語か?)が、返り討ちに遭いそうなので、やっぱり彼/彼女には近寄らないようにしよう……。





・1月16日 霜柱踏み踏み・

冬至を過ぎてから日に日に早くなる夜明け。『冬至十日経ちゃ、阿呆でも分かる』とは、昔の人はよく言ったものだ。

広澤さんちのアフガンハウンド、ランボー君の散歩で早朝の公園を歩いていたら、三村のじいさんを見かけた。彼の飼い犬、秋田犬のポチが、歩き回るじいさんを見守るようにじっと座っている。

なんか、人間と犬の立場が逆転してないか?

よく見てみると、どうやらじいさんは霜柱を踏んで遊んでいるようだ。あー、童心を忘れないにもほどがあるような。

俺の視線に気づいたのか、くるりとこちらを向いたじいさん。照れたようにへたくそなウィンクをしてみせた。

はいはい。誰にも言いません。

ポチのリードを引いて、ぎくしゃくと俺とは反対側に歩いていくじいさんは、目撃されたことがよほど恥ずかしかったらしい。そんなに気にしなくてもいいのに。

だってさ。

俺だって、見つけたら踏むもんね、霜柱。
おお、このざくざく感がたまらん。

「くーん……」

あ、ごめん、ランボー君。俺が道草食っちゃいけないよな。

「よし、仲良く行こうか、ランボー! 俺はベルレーヌじゃないけどな」

「あぉん?」

不思議そうなランボー君。それでもうれしそうに尻尾を振る。共に白い息を吐きながら、凍った土を蹴って歩き出す一人と一匹。

とある朝のありふれた光景だ。

あ、俺のしょーもないシャレはスルーする方向で。





・1月18日 わんこの雨の日ファッション考察・

今日は一日雨。

朝の犬散歩の時は辛うじて降ってなかったから、それだけは幸運だったかも。でも夕方はじゃじゃ降り。

犬の雨の日ファッションは、レインコートも必要だけど、腹掛けは必須だと思う。水跳ね泥跳ねで腹側の毛がびしょびしょになっちゃうもんな。

今日は他に買い物代行の依頼が入ったのは良かったが、サラダオイルとか醤油とか砂糖とか缶詰とか、重いものばかり。自転車をカート代わりに、なんとか頑張ったぜ。濡らさないようにするのが大変なんだよなぁ。

あー、早く熱い風呂に入って寝よう。
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