第219話 イタチとこたつと金平糖

文字数 1,904文字

・11月19日 イタチとこたつと金平糖・

今日は寒い。
北海道、東北、北陸地方で初雪を迎えた模様。

この時期、たまに天井裏を走るイタチをどうにかして欲しいという依頼が入る。イタチも寒いんだろう。だが、走るとかなり騒々しいし、糞便をすることもあるので嫌われる。

今日は田井中さんちの旦那さんからイタチ駆除を頼まれた。
イタチに関しては、俺には秘策があるので楽勝。明日には結果が出るだろう。成功報酬は一万五千円だ。田井中さん、太っ腹。

午後、栗林のお婆ちゃんから冬のホームこたつの設置を頼まれる。これはただ折りたたみのものを出して組み立てるだけだから、設置料として五百円だけいただく。手製の肉じゃがと昆布の佃煮をもらったので、食費が浮いた。これだけで三日は食べられそうだ。お婆ちゃん、ありがとう。

今週末は娘のののかとの面会日だ。それを励みにがんばろう。
今月、懐具合があまり良くないのでいいものは買ってやれないが、せめて夢のあるお菓子でも食べさせてやりたい。

そうだ、星屑屋の金平糖を買っておこう。

ののか、パパ、がんばるからね。

それにしても寒いな。風邪の引きかけかも。
生姜湯でも飲んで、もう寝よう。

あー、ハナが垂れてきた。
その辺に消費者金融のポケットティッシュがあったっけな。





・11月20日 通学路警戒・

今朝は、近くの小学校に通う子供たちのための通学路警戒に立った。

近頃、子供を狙った犯罪が多いので、保護者たちは当番制で子供たちの登下校に付き添っている。俺は、今日いきなり短期の出張の入ったお母さんのピンチヒッターだ。急のことで、人員の変更がきかなかったらしい。

地道な何でも屋業のお陰で、俺は地域の人たちに信頼されている。だから子供たちの安全を守るという、大切な活動の末端に加わることも許されたわけで。

人間、信用が第一だなぁ。

寒かったけど、朝から元気な子供たちの顔を見ていたらそんなことは気にならなくなった。

帰り道、飼い主の吉井さんと散歩中の伝さんに会った。
グレートデンの伝さんは地獄の番犬のようにでかいけど、気のいい犬だ。吉井さんと立ち話をしている間、大人しく待っている伝さんを撫でていたら、お礼に顔を舐めてくれた。

うひゃ。





・11月28日 牛乳で腹下す・

腹を下した。
開封済みで、しかも賞味期限が一週間も過ぎた牛乳を、加熱もせずに飲んだからだろうか。

今日はたまたま何も依頼が入ってなかったからいいが、そうでなかったら目も当てられない。ベッドに横たわり、湯たんぽで腹を温めながらうんうん唸る。……腹、痛ぇ。

自由業はやっぱり身体が資本。健康第一。

あ……なんか、胃も痛くなってきた。空っぽだからかなぁ。でもまだ腹痛い。食中りの腹下しは、出し切ってしまった方がいいっていうし。うーん……葛湯ならいいかなぁ。





・12月3日  天を往く月、地を往く俺たち・

晴れた夜空に、三日月と星。

あれよあれよと日が落ちて、もう真っ暗な午後五時過ぎ。西の空に昇った月は、お供をふたつ連れていた。一昨日の同じ頃、月とお供の位置はもっと近く、仲が良さそうだったのに、今夜は月だけが先に行ってしまっている。

星を助さん&格さんに、月をご老公にたとえれば、ご老公暴走の図、といったところだろうか。

なんてな。あー、吸い込む空気が冷たい。

本日最後の依頼は、吉井さんちのグレートデン、伝さんの散歩。すっかり馴染みの伝さんと俺の足取りは軽い。歩き始めは寒かったが、超大型犬の伝さんと連れ立つと歩みが大きくなり、今は身体が温まって汗ばむほどだ。

「なあ伝さん、あれってどっちが一番星なんだろうな。どっちも明るいなぁ」

「おんおん!」

話しかけると、伝さんは律儀に返事してくれる。

「そっか。どっちも一番星か」

「おん!」

「あれってさぁ、金星と木星なんだってさ、伝さん」

「あうん?」

「思い出すなぁ。昔、ののかがもっと小さかった頃。あれも今頃の季節だったかな。肩車してやってたら俺の髪をきゅっと掴んでさ、一番星を指差して、パパ、お空に金平糖が光ってるよ、って言ったんだ。可愛いだろ」

「おん!」

「俺の娘は世界一可愛い」

「おんおんおん!」

「伝さん、お前はいいやつだなぁ」

「おん!」

俺とお揃いの夜間交通安全たすきを掛けた伝さんは、まるでちゃんと言葉が分かっているかのように絶妙のタイミングで小さく吠えて返事してくれる。

何だかまるで、長年の相棒みたいだなぁ。

「よし、相棒! こっから吉井さんちまで、ちょっと走ってみるか?」

「おん!」

本当は走るのが好きな伝さん、うれしそうだ。よし、車に気をつけて、二人でジョギングするとするか。空を往く、あの月と星みたいに。

どっちがお供かなんて、この際考えない方向で。
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