第201話 雨の日のお迎えとおんぶ

文字数 2,184文字

・5月12日  商売道具は大切に・

高枝切り鋏の調子が悪いので、ちょっと研いでみた。

切れ味戻ったか? やっぱり長く使うなら国産がいいよな。

青葉繁れるこの季節、伸びすぎた庭木の枝を切って欲しいという依頼がけっこう入る。本当は木の種類によって枝を切って良い時期が違うんだけど、お構いなしな場合が多い。

まあ、構うような場合は、専門の植木屋さんに頼むだろうけど。 

ついでに脚立も点検しておこう。これは庭木剪定以外でも出番が多いから、日頃から手入れしておかないと。

他にも色々あるけど、商売道具は大切にしないとな。





・5月13日 雨の日お迎えとおんぶ・

今日は佐伯さんちの陽くん、小学三年生の塾のお迎え。

午後から雨が降り出したので、冷える。陽くんはちょっと顔色が悪かった。身体が冷えたのかもしれない。そういう時は甘いものがいい、とは今は無き俺の母から教わった知恵。俺的対子供用必須アイテム、飴をあげた。

ちょっとだけ頬の赤みが戻ったところで送って行こうとしたら、間の悪いことに陽くんの傘が壊れてしまった。

しょうがない、おんぶしていくか。この子は身体が小さいし。

いったんジャケットを脱いでから陽くんを背負い、その上からジャケットを羽織るようにして傘をさし、雨の中を歩く。

「……お父さん」

小さな声が呟いた。
そういえば、この子のお父さんは病気で亡くなったんだっけ……。

俺は何も言わずに陽くんを背負い直した。小さな手が遠慮がちにしがみつく。雨が傘の上で弾ける音を聞きながら、俺はゆっくりと歩き続けた。





・5月14日 少年とラブレター・

今日は依頼をひとつ断った。

少年よ、ラブレターくらい自分で渡しなさい。

ったく、お金を払ってまで他人に頼むようなことか? このスマホ全盛時代に古風なことだと思うが……何? メールアドレスを知らない?

知るか。

ここで見ててやるから自分で渡せ。ほら、来たぞ、あの子じゃないのか? 行け、死に水は取ってやる。

……
……

ダメだったのか? しょうがないなぁ。熱いコーヒーでも奢ってやるよ、自動販売機の。何? コーヒーは苦くて飲めない?

じゃあ、なおさらコーヒーにしておけ。

苦い? 苦くてたまらない? そうか。そんなに苦いなら涙が出てもしょうがないな。

よしよし。これで拭いとけ。キティちゃんのハンカチだけど。笑うなよ。

大丈夫だ、少年。
苦さにも、そのうち慣れるさ。

はー、初々しいなぁ、中学生一年生。





・5月15日 屋外作業、握り飯が美味い・

今日は久しぶりに気持ちの良い五月晴れ。

こんな日は、屋外の作業が楽しい。高枝切り鋏を操る手も軽やかに動く。♪きょ~も あさ~からふふふふふ~ん はっさみのおっとも♪ って何歌ってるんだ俺。これは羊の毛刈りの歌じゃないか。でも、本当にリズミカルに鋏が進むなぁ。

今日はコンビニ弁当じゃなくて、自分で握り飯を作ってきたんだが、正解だったかも。形が歪んでようが潰れてようが、添加物の一切入ってない飯はやっぱり最高だ。

中の具は、梅干しをほぐして鰹節と混ぜ、醤油を少し垂らして練ったもの。シンプルだけど、こういうのが美味いんだ。自家製梅干しを分けてくれた元妻に感謝。

お茶は自動販売機で我慢するとして。熱い茶と美味い握り飯。それだけで力が湧いてきそうだ。

おっと、バナナも食べなくちゃ。炭水化物だけの食事になる時は、せめてバナナでも食べなさいっていっつも言われてたし。身体が資本の何でも屋家業、健康維持のために食事にも気を使わなくちゃな。

さて、もうひと頑張りするか。

夕方は、グレートデンの伝さんの散歩だ。最近、本当に日が長くなった。そういえば、夏至はもう来月だな。

早いものだなぁ……。





・5月17日 ご老人に犬を紹介・

寝坊した。

昨日、久しぶりに干した布団があまりにもふかふかで気持ち良くて、気がついたら三十分も寝過ごしていた。

今朝は篠竹さんの朝の散歩に付き合う約束なのに。ぎりぎりで大正生まれの篠竹さんは、目も耳もまだまだ達者なお年よりだが、足元が少々危ない。危ないが、家に閉じこもっていたら気分が落ち込むし、ならば犬でも飼って散歩に精を出そうかと思ったら、引っ張られて転びでもしたらどうすると家族から大反対。

しょうがないので、「散歩する犬を見ながら散歩」することにしたそうだ。で、よくご近所の犬の散歩を頼まれている俺に、紹介して欲しいという。

誰にって? 犬に。

「あなたに顔繋ぎしてもらえば、犬たちもこの年寄りに対して友好的に振る舞ってくれるでしょう」

ほっほっほ。

旧家の生まれらしい篠竹さんは、上品に笑ったものだ。

って。だから俺、急ごうぜ。ざばっと顔を洗って、ざざっと歯を磨いて。あああ、朝飯食ってる暇が無い。でも朝食べないと叱られる(誰にって……内緒だ)。

コップに一杯、牛乳を一気飲み。それからバナナを口に詰め込んで。よし、ポケットにはカロリーメイト。

篠竹さん、今行きますから、先に歩き出したりしないでくださいよ! 

心で叫びつつ慌しく飛び出したら、ちょうど上を飛んでいたカラスに「アホー」と言われてしまった。

うるさいわい!
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