第309話 犬の溜息、千の風

文字数 855文字

・5月17日 ローズヒップティー

五月も中旬。
というのに、冷える夜。

朝は、起きて顔洗って歯を磨いてメシ喰ってすぐ仕事に出かけるから、冷えてる暇がない。外に出れば、すぐに<暖かい>から<暑い>に変わるしな。

晴れれば<真夏日>、天気が悪いと<平年より気温が低い>。この寒暖の差は何だ。気温のジェットコースターか。せめてメリーゴーラウンドくらいにしてくれ。俺は風邪引きたくないんだ。何でも屋は身体が資本。

と突っ張ってみても、油断すると喉が痛かったりする今日この頃。体調管理、難しいな。

そんな話を個人営業者仲間のシンジ(チンピラからたこ焼き屋台のオヤジにジョブチェンジ)にしてみたら、「風邪予防にはビタミンCっすよ! ローズヒップティーがいいっていうんで飲んでみたら、けっこう効きました!」と教えてくれたんで、買って帰って飲んでみた。

酸っぱかった。

挫折しそうになるほど酸っぱかった。何だあの味。あれがお茶? シンジは、それがそのうちクセになるんですよ、とか言ってたけど……。

でもまあ、結構な値段だったし、頑張って飲んでみよう。頑張らないと飲めないものを飲むってのも辛いもんだが、風邪引いて仕事に支障が出るよりマシ。





・5月18日 犬の溜息、千の風

本日も晴天なり。外での作業は暑い。

頼まれた庭の草むしりに精を出していたら、短い時間で汗だくになってしまった。ああ、たまに吹く風が気持ちいい。さすが風薫る五月。

心地いい風に興が乗った俺は、草の根をむしむしと引っこ抜きながら、つい『千の風になって』を口ずさんでいた。誰もいないのをいいことに、よくこの歌を歌っているクラシック歌手のあの人の真似をする。

と。
背後からすっごい溜息が。

しまった、家の人に聞かれてしまったか? と焦って振り返ってみたけど、そこには誰もいない。ただ、この家の犬が犬小屋の前で寝そべっているだけ。

犬はちらりと俺の顔を見たかと思うと、大きな欠伸をし、さっさと小屋の中に入ってしまった。

さっきの溜息、人間のものに聞こえたんだけど……もしかして、犬? まさか、な。
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