第262話 年末、かつてのお正月を惜しむ 後編
文字数 2,042文字
──ご老人のメランコリー。うーん、どうやって盛り上げようか。
そんな話を、久しぶりにメールを寄越してきた<風見鶏>にしてみた。<風見鶏>とは、ネットの海を監視しているという<ウォッチャー>のひとり、らしい。あらゆる情報が彼の許に集まり、彼はそれの“交通整理”をしているのだという。
<風見鶏>には俺以外にも何人もの情報提供者がいて、それぞれとの関係でハンドルネームを使い分けているらしい。俺に対しては<風見鶏>で、<風見鶏>に対して俺は<風>。情報を風になぞらえて、その方向付けをするのが風見鶏と、そういうわけらしい。
彼(彼女かもしれない)と連絡を取るにはややこしい手続きが必要なんだけど、今日は向こうから情報を求めてきたから、ついでに相談してみた。
彼が俺に求めた情報? ここ一週間くらいのあいだに見た野良猫の柄の傾向。んー、トラ系とブチ系が半々かなぁ……。それが何の役に立つのか、俺は知らない。知っているのは<風見鶏>だけだ。
《風見鶏 ご老人のメランコリーね》
俺と彼は今どきチャットで会話してる。このチャット画面を開くのにも三回もパスワード入れないといけないんだよなぁ。顔も名前も年齢も性別も知らない相手。向こうは俺のことで知らないことなんかないんだろうけど。
《風 そうなんだ。二人ともがっくりきててさ……》
《風見鶏 同じ時代の空気を吸っていた人間が減っていくのは、寂しいものだというよ。》
《風 年の瀬だからさ。何かこう、いろいろ考えてしまうんだろうな、とは思うんだけど。》
《風見鶏 だから風、きみを話し相手に望むんだろう。きみは楽しい人だから。》
《風 それならいいんだけどさ……》
《風見鶏 ご老人方を励ましたい?》
《風 うーん……下手に励ましても、逆効果だろうし……》
《風見鶏 気分転換ならできるだろう、風》
《風 そうだなぁ。今度あの二人合同の話し相手依頼がきたら、映画にでも誘ってみるかな。》
《風見鶏 映画か。映画ではないが、こういうものがある》
そうして教えてくれたURLは──。
Yeeyahooooooo! Hay hooooooo!
Tow ball same time!
「おお、染太郎、英語堪能だね!」
「染之助もノッてるな! こりゃ絶好調だ」
大仏のご隠居、神埼の爺さんが大喜びで見てるのは。
Hai hai yeah!
One ball and two stick!
Yeah oooo!
How…play Dobin! Japanese tea pot!
アメリカはABCテレビの古い動画から、
Heaaah! yoh!
It's a magic stick.
Hoy! hoo!
Turn round spin spin.
「土瓶回し、すごいね!」
「ああ。二人とも、向こうの芸人みたいだ!」
「掛け声に違和感ないね!」
「ないなぁ! 染太郎の衣装、粋だな!」
「お洒落だね」
ハリウッド・パレスの舞台に立つ海老一染之助染太郎。
「染之助、投げキッスで終演とは。ふう……こんな昔にアメリカに行ってたのか。知らなかったね」
「知らなかったなぁ……」
今日は神埼の爺さんちで動画鑑賞会。四分と三十秒ほどの短い動画を見ているあいだ、二人は大興奮だ。
「今のテレビはこういうのも見られるのか。俺は興味がなかったから知らなかったな」
神埼の爺さんがインターネット動画サイトの画面をものめずらしそうに見ている。
「うちのテレビでも見られるのかな?」
大仏のご隠居が聞くので、見られるはずですよ、と教えておく。
「お、大仏さん、傘回してるのもあるぞ」
「ああ、本当だ。これも見よう」
「ああ、見よう」
眼をキラキラさせてるご老人たちに、俺はほっとした。しかし、<風見鶏>もよくこんな動画知ってたなぁ。さすが、<ウォッチャー>。情報の監視者。
「しかし、なんだな、神崎さん」
「なんだい、大仏さん」
「この、染之助染太郎の掛け声、あらためて英語で聞いてみると、あれに似てないかい、ほら、能の鼓のさ」
「ああ、そうかもしれん。うん、似てるっていうか、そのものじゃないか?」
イヨォーッ! カッポンカッポン
ホォッ! ハァーア! カッポンカッポン
ホーォ! カッポン
俺も頭の中で今まで聞いたことのある鼓の演奏(っていうのかな?)を再生してみた。本当だ、大仏のご隠居の言うとおりだ。
「芸事の間っていうのは、万国共通なのかもしれないね」
「そうだなぁ……」
二人でしみじみしている。
「お染ブラザーズは、世界に通じる太神楽師だったんだなぁ」
「ああ……」
「こうやって元気な頃の二人を見てると、元気が出てくるね」
「ああ。変に沈んでるのは失礼な気がしてきた」
よし、見よう、もっと見よう、と俺に動画サイトの操作を急かせてきた。二人がうれしそうなので、俺もうれしくなってくる。
ありがとう、染之助染太郎師匠! 俺が無理に盛り上げる必要もなく、俺の大切な顧客様たちが元気になってくれました。
天国で、いつまでも仲良く!