第180話 変態から女の子を助ける

文字数 1,344文字

八月二十二日

水面に浮かぶように、ぽかり、と眼が覚めた。その途端。

「あいたたた……!」

頭が、痛い。側頭部にダメージ。触るとぶよぶよと……たんこぶが。一体、俺の身に何が?

「おじさん! 大丈夫?」

可愛らしい、けど、切迫した声。眼に飛び込んできたのは、清潔な白いスカーフ。セーラー服の女の子だ。高校生? いや、中学生くらいか? 彼女の瞳は、何故か潤んでいる。

「え?」

俺はどうやら彼女の膝枕で寝転がっているらしい。下は地面だ。アスファルト? ここ、道路だよな、狭いけど。何でこんなところで女の子の膝枕? おじさん、喜ぶより……頭痛いよ。

「気がつきましたか!?」

野太い声。見ると、制服のお巡りさんだ。
何だ? 俺、何かした?

寝転がってて気づかなかったけど、もう一人、地面に倒れてる。男だ。後ろ手に手錠を掛けられてる。

お巡りさんの話を聞いて、俺は脱力してしまった。

手錠の男は実は変質者で(後から、前科があることが分かった)、下校してきた女の子をこの狭い道で待ち伏せ、襲い掛かったのだという。いきなりのことに驚いて抵抗する女の子、体格にものを言わせてねじ伏せようとする変質者。

そこへ俺登場。

狭い道よりもさらに狭い路地(というより、家と家の隙間)から、いきなり飛び出してきた。女の子と揉み合いつつ、ちょうど衝突コースに立った変質者の頭に、図らずも頭突きをかますことに。結果、相打ちで双方気絶。

近くを巡回中だったお巡りさんが女の子の悲鳴を聞いて急行、泣きながら俺の介抱をしてる女の子と失神したままの変質者発見。

とまあ、そういうことだったらしい。

この巡査は生前の俺の弟を知っているらしく、「さすが、あの警部のお兄さん。犯罪を見逃せなかったんですね!」と何やら感動していたが。

違うんだよ。お巡りさん。俺は仕事をしていただけなんだ。嶋村さんちから脱走した元野良の中年猫、銀のシマシマ柄がオシャレなエイジ君を追いかけてただけなんだよ。あと少しで捕まえられそうだったのに、ダッシュで逃げるから俺も焦って……。

単なる俺の前方不注意なのに。

だけど、それで女の子が助かったなら良かった。下手したら、この変質者にどんな目に合わされてたやら分からないもんな。俺も娘を持つ父親として、そんな卑劣なヤツは赦せん!

説明を受けている間に、巡査の呼んだ応援と救急車が来た。そんな大袈裟にしなくても、と俺は固辞しようとしたが、女の子に泣いて頼まれ、「頭のことだから」と巡査にも諭され、俺は担架に乗せられることになった。走ってきた勢いでか、ちょっと酷い倒れ方をしたらしい。記憶にないけど。

現行犯の変質者は、応援の警官の乗ってきた車で警察病院に連れて行かれるそうだ。

調書はまた後日、となった。うう、面倒な。

まあ、いいか。女の子も落ち着いてくれたし。まだ泣きべそ状態なのが痛々しかったけど、俺を心配させまいとしてか、何とか笑顔を作って見送ってくれた。あの子の身柄は、親御さんに連絡を取って巡査がちゃんと家まで送り届けるといっていたし、もう案じることはないな。

では、心置きなく。

「たんこぶ、痛い……」

ストレッチャーの上で、俺は涙目になった。
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