第232話 猫と犬と何でも屋のフーガ

文字数 2,011文字

・4月6日  怪しい撮影者・

ののかは今日から新学期だなぁ。もう二年生か。早いものだ。

桜は七部咲き。明々後日の入学式の頃には満開になるだろうか。去年、新一年生だったののかには、ランドセルはまだ大きかったけど、一年過ごした今はそれなりにしっくりしている。

そんなことを考えながらバグのぐーちゃんを散歩させてたら。
不審人物発見。

怪しい、何だあの男は。立ったり座ったり、斜めに伸び上がってみたり、何やってんだ?

近づいて問い質そうとして、止めた。

彼は、お寺の石段の上の陽だまりに寝そべる猫を、手に持ったスマホで撮ろうと必死なのだった。

暖まった石段が気持ちいいのか、背中を押し付けてごろごろする猫、角度を変えてベストショットを模索する撮影者。……猫、好きなんだろうな。全身から猫大好きオーラが……。

気持ちは分かるけど、無理するなよ、嫌われるぞ! と心の中でエールを送りつつ、俺はぐーちゃんを連れてそっとその場を立ち去った。

「あーっ!」

悲痛な声に振り返ると、がっくりと項垂れる男の姿。猫に逃げられたらしい。悪いけど、思わず笑ってしまった。

風が吹いて、七部咲きの桜からも花びらが舞い散る。のどかな、春の日の光景。





・4月7日 猫と犬と何でも屋のフーガ・

桜舞い散る、うららかな卯月の午後。
お魚くわえたドラ猫、を見た。

どっから獲って、いや、取って来たんだ? と焦ってよく見てみたら、魚じゃなくて小さなイルカのぬいぐるみだった。もとはブルーだったようだが、くたびれたそれはあちこち薄汚れていて、しっかりくわえている猫の口元からだらりと垂れ下がる姿が生魚っぽく見える。

……後ろから、サ○エさんじゃなくて犬が追いかけてきた。あのへたれたぬいぐるみ、何か見覚えがあると思ったら、ゴールデンレトリーバーのきなこちゃんの宝物じゃないか。

こら待て、きなこちゃん。宝物奪われて取り返そうとするのは分かるけど、首輪抜けはダメだろ。飼い主の宇賀神さんが心配するじゃないか。保健所に通報されても困るし。

俺は猫を追いかけて走るきなこちゃんを追いかけた。猫と犬と何でも屋のフーガ。うららかな日差しとはいっさい関係ないことは確かだ。





・4月9日  星と蒲公英・

雑草の緑萌える空き地の中に、点々と咲くタンポポ。ここのは地に這うように茎が短いから、鮮やかな黄色の花だけをいっぱいに散りばめたみたいに見える。

──お星さまみたい!

ののかの、はしゃいだ声を思い出す。春休み中、元妻は娘との面会日をいつもより多くしてくれた。けど、学校が始まったから……。

「はぁ……」

長期休みが終わったら、親はほっとするもんだっていうけどさ。俺はたまにしか会えないからさ。

タンポポ摘んで、ツクシも摘んで、楽しかった春休み。

次は、シロツメクサ摘みに行こう。うん。
さ、仕事、頑張るぞ!





・4月11日 犬耳桜木R18・

昨日に引き続いて、暖かい、というより、暑い。もう四月も中旬に入るところだもんな。年明けてから九十八円で買ったガーデンシクラメンがまだまだ元気に花を咲かせてるもんで、ついうっかりしてた。

ぴっかぴかの青空の下、風がなくとも散る桜。その下には、緑の若葉がのぞいてる。この時期の桜の木って、なんか犬猫の換毛に似てるよな。冬毛が抜けて夏毛に生え変わるの。

──って、たまたま道で会った犬仲間の相原さんに言ったら、大爆笑。相原さんちのジャーマンシェパードのグリンちゃん、アンダーコートの分厚い子だから、換毛の時期は色々すごいんだよなぁ。

うーん、まだウケてる。よほどツボに嵌ったようだ。え? 桜の木に犬耳がついてるのを想像した? ……俺はそこまで考えなかったよ。さすが、漫画描きは違う。

ひとしきり笑った後、相原さんの顔が急に真面目になり、心ここにあらずの状態に。かと思うと、にやにやしたり、でれっとしたり、赤くなったり青くなったり。汗かいたり。

大丈夫か、相原さん! 何か妙なものでも拾い食いいしたのか? などと心配していると。

「ネタ、サンキュー! いいプロット思いついた。これで次のイベントに本が出せる! すぐ帰ってコンテ描くよ。さすが何でも屋さん、ネタまで投下してくれるとは!」

俺の手を取ってぶんぶん振り回すと、砂埃を立てそうな勢いで彼は走り去った(アスファルトだから砂はないけど)。

何か暗~い顔して歩いてるから心配になって声掛けてみたんだけど、そっか、漫画のネタに詰まってたのか。けど……確か相原さんの漫画って、十八歳以下には見せられないジャンルだったような? 桜で犬耳で、成人向け漫画?

……
……

深く考えるのはよそう。そして、次に彼に会ったら、ネタ提供賃として桜餅でも奢ってもらおう。うん、そうしよう!

さあ! 俺は健全な労働に勤しむぞ。お日様背に受け草むしり! この先に、大河内さんちの広い庭が待っている!

だから、考えるな、俺!

……
……

この世には、覗いてはいけない、考えてもいけない世界があるんだ。
くっ……!
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