第124話 携帯電話の恐怖 8

文字数 1,679文字

武力による戦争よりタチが悪い。
ある意味、それは真理かもしれないな。

俺は<風見鶏>の言葉に頷いていた。

「ペンは剣よりも強し」という言葉があるが、「剣」が「瞬間」でしかなく、その場限りで消えてしまうのに対し、「ペン」はいつまでも記録として残すことが出来る。そして、いかようにも編集が可能だ。その意味では、ペンは確かに剣より強いと言えるだろう。

弱者を強者に、被害者を加害者に。真実を歪め、正直者を嘘吐きにし、嘘吐きを正直者にする。

情報操作。

恐ろしい。先の戦争でも、敗戦国であるドイツは、かなり酷い情報操作をされていたという話を<風見鶏>から聞いたことがある。日本も然り。針ほど小さいものを棒ほど大きかったと言われたり、偽りの映像で捏造されたり。嘘の中傷から来る風評被害は、今も生きている。

そういった情報操作に踊らされないためには、正しい情報が必要だ。<風見鶏>の言うことは正しい。

チャット画面を見ながら考え込んでいると、<風見鶏>からの新しい書き込みがポン、と反映された。



 風見鶏  さて、風。君は今夜はもう寝るといい。
      明日も朝早いんだろう?

 風    うん。犬の散歩が入ってるからな。
      ……何で俺の予定を知ってるかなんて、もう
      今更聞かないけどさ。

 風見鶏  それは残念。君の知りたいことなら、
      何にでも答えてあげるのに。

 風    遠慮する。なんか怖いこと聞かされそうだから。



……こいつ、今、絶対に笑ってる。俺は浮かび上がる文字をむっつりと眺めていた。ま、いいけどさ。何たって、相手は<風見鶏>だし。



 風見鶏  さて。君が寝てる間に、私は私のやり方で戦略を
      練ることにするよ。



君の知り合いに、二度と変な電話が掛かってこないようにしてあげる。
<風見鶏>はそう請合ってくれた。








翌日。

グレートデンの伝さん、ボクサーのグレイ君と大型犬の散歩を続けてこなし、いったん戻ろうと、俺は事務所までの道のりをほてほて歩いていた。

朝起きて外に出た時は薄着を後悔したくらい寒かったが、犬たちのお伴で二回も公園めぐりをしたから、今はちょっと身体が火照っている。あー、喉渇いたかも。ほどよい温度の番茶が飲みたい。

お茶の葉、まだあったけ、とか考えながら足を動かしていたら、向うから野本君が歩いてくるのが見えた。きちんとリクルートスーツを着込み、A4サイズが楽々入りそうな黒のバッグを持っている。そういえば、今日も面接だって言ってたっけ。

「おはよう、野本君」

俺が声を掛けると、彼はちょっと驚いたように、それでもしっかり挨拶してくれた。うん。俺が面接官だったら、絶対採用だな。

「おはようございます」

「スーツ、決まってるよ。面接、頑張ってね」

「あはは。洋服の○山で買ったリクルート・セットだけど、今はこれが戦闘服って感じかな」

苦笑しながら、若者らしい爽やかな柄のネクタイを引っ張る。ん? ノットの作り方がちょっと変かも。

「電車の時間、まだ大丈夫かな? ちょっとネクタイ、結び方が……」

解いて、結び直してやった。自分でやるのとは向きが違うからやりにくいけど、リストラされるまで長いこと慣れ親しんだ手順は、手が覚えている。

「あー、ありがとうございます。俺、ぶきっちょなんですよね。バンド仲間には、そんなに不器用なくせに、何でギターだけはちゃんと弾けるんだって不思議がられたくらいで」

へへ、と照れくさそうに笑う野本君。

「そのうち慣れるさ」

「慣れる頃には内定もらえてるかなぁ……」

そう呟く声が、不安に揺れている。

「もらうんじゃなくて、勝ち取るんだ! ハッタリかまして来い!」

思わず檄を飛ばしてしまった。

「うん。そうだよね……。野本三等兵、頑張ります!」

野本君は、ぴし、と敬礼の真似をする。俺も答礼してみた。
そんな俺たちは、一瞬後には噴き出し、そして大笑いしていた。
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