第315話 木倉の爺さんと黒田節

文字数 1,115文字

・6月11日 木倉の爺さんと黒田節

木倉の爺さん、ちょっと。
それ、庭箒だし、槍じゃないし。

わざわざ謡いながらやらなくても、ほら、息切れしてる……。
ああ、麦藁帽子が盃なんですね?

これぞまことの黒田武士……

はい、分かりましたから。

はぁ……。

すいません、俺のメール着信音が黒田節だったのが悪かったんですね。人の着メロを勝手にいじるヤツがいるんですよ……。

そんなことはおいといて。

今日は病院へ行く日でしょう? え? 忘れてた? あー、やっぱり。息子さん、心配してましたよ、父さん、病院へ行ってないみたいって。定期健診が必要だって聞きましたよ? え? 何で知ってるって、電話です、携帯。

息子さん、先月から出張行かれてるでしょ。その出張前にね、俺に依頼していかれたんですよ、まめに父の様子を見に行って欲しいって。で、何事もなければその旨メールで……え? 何でって、ほら、俺って何でも屋だから……。

そう不機嫌にならなくても。息子さん、心配なんですよ、お父さんのこと。え、息子が儂のことなんか心配するかって? そんなことないですよ……息子さん、不器用なんですよ。似たもの親子だから、って苦笑いしてましたよ。

そうです、似たもの親子。

ええ、そうおっしゃってましたよ。お互いに意地っ張りで言葉足らずで、ついケンカしてしまうけど、なかなか素直になれなくてそっぽ向いたりしてしまうって。そんなところ、似なくてもいいのにね、って笑ってました。いい息子さんじゃないですか。

え? ええ、そうでしょう。自慢でしょう。それ、息子さんに言ってあげればいいのに。……はは、まあいいですけどね。

さて、そろそろ病院へ行きましょうか? 付き添いをね、頼まれてるんです。時間、大丈夫ですよ。息子さんが病院へ電話して確認したそうですから。保険証と診察券と……ちょっと着替えたほうがいいかもしれませんね、さっきの黒田節の舞いで汗かいたでしょう。

あ、着替えましたか。なかなかオシャレですね、そのシャツ。息子さんから? 昨日送られてきたばかり……あ、それってきっと、早めの父の日プレゼントですよ。え? ああ。俺が推測するに、父の日当日に着いたら、父の日のプレゼントって丸分かりで照れちゃうとか、そんな感じなんじゃないかなぁ。

あらら、赤くなっちゃった……いえ、何でもありません。似たもの同士ですねぇ。

さてさて、戸締りはよろしいですか? じゃあ、行きましょうか。……ところでさっきの黒田節、持ってるのが箒でもキマってましたよ。どこかで槍をなさってたんですか? ……ほう、お若い頃に……面白そうですね。お話聞かせてくださいよ。

ええ、ええ、大丈夫。バスの時間はばっちりです。ゆっくり行きましょう。
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