第164話 無自覚の人助け

文字数 1,183文字

三月五日

ホームセンターで高枝切り鋏を新調した帰り道。

安いのはすぐダメになるんで、今回はそこそこの値段のものを買ったんだけど、そこそこだから、そこそこなんだよ。財布が寂しくなった。

うーん、と思いながら、レシート見ながら歩いてたら、突風が。

慌てて追いかけたさ。だって、レシート無いと、必要経費の証明が出来ないじゃないか。

風に煽られて、高い所でひらひらするレシート。ようやく落ちてきたかと思ったら、ちょうどそこに通りかかった見知らぬ男性の頭に引っかかった。まさかいきなり手を伸ばすわけにいかないから、声を掛けようとしたら、また強い風が。

無意識に、押さえてた。他人様の頭ごと。

理由を言って、平謝りした。幸い、その人は怒らないでいてくれた。心の広い人だ。連れの女性もにこにこしてた。

二人は通りかかったタクシーに乗り込んだんだけど、それを見送っていると、何故か男性がタクシーを待たせて一人だけ下りてきた。何か忘れ物か? とか思ってたら。

『あなたのお陰で、最悪の事態を免れました。怒らなかったことで彼女も好感を持ってくれたみたいだし、今度こそ見合いは成功です』

──やっと結婚出来ます! ありがとう!

そう囁いて、男性は素早く俺の手に一万円札を握らせた。え? 俺、何かしたっけ? ぽかーんとしてるうちに、男性はにこやかに手を振ってタクシーに乗り込み、女性とともに去っていった。

俺のお陰とか、最悪の事態を免れたとか……。 
今のって、結局、何だったんだろう? 






三月八日

昼メシをシンジのたこ焼きで済ませようと、駅前公園脇の屋台まで歩く途中、ちょうど改札を抜けてきたばかりの智晴と出くわした。どっかからの帰りらしい。

そういえば、この三日は智晴の誕生日だった。遅くなったけど、一応おめでとうぐらい言っておこうかと思ったが、この件に関しては、智晴のやつ、切り出すとたちまち機嫌が悪くなるんで言えなかった。……今年もまた、俺の元妻、つまり、実の姉にいぢめられたんだろうなぁ。

三月三日の桃の節句が誕生日の男なんて、この日本にいくらでもいるだろうに。……幼少の頃からずっとからかわれてると、コンプレックスにもなるんだろうな。

そんな智晴に、ふと思いついて先週の土曜の出来事を話した。

「おかしな話だろ? 何で一万円もくれたんだろうなぁ」

そう締めると、智晴は何故か少し驚いたような顔をした。それから溜息をつき、哀れみとも苦笑ともつかない、なんとも微妙な表情で俺を見た。

「──義兄さんは、やっぱり義兄さんですね。まあ、何というか……そのままのあなたでいいと思いますよ」

それはどういう意味かと訊ねたけど、答えてはくれなかった。

何だよ、智晴。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれよ。すっきりしないじゃないか。
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