第170話 ジグソーパズルとマスオさん 3

文字数 1,639文字

「うーっ! い~や~だ~!」

突っ伏していた池本さんが、頭を掻き毟ってじたばたしだした。

「義父にジグソー仲間に引き入れられてしまう~!」

「いや、その。奥さんに取り成してもらったらどうですか?」

娘の言うことなら聞いてくれるんじゃないか? という俺の提案に、池本さんは首を振った。

「ダメだ。彼女は喜んで俺をイケニエにすると思う。実はさ、俺と結婚するまでは、彼女もたまに義父のジグソーにつきあってあげてたらしいんだ。お義母さんが亡くなってから、義父はひどく気落ちしてたらしくてね。そのしょんぼりぶりを見てられなかったっていうか、はっきり言って寝込まれたら困るっていうか、そういう理由だったみたいなんだけど」

「えっと、奥さんって会社勤めでしたっけ?」

うん、と池本さんは頷く。すん、とハナをすする音が哀れを誘う。

「所属が海外事業部だから、長期出張とかも多いんだ。だから家にもあまり帰って来れない。そんな状態で義父の趣味の相手してたら、そりゃ疲れるのも分かるよ。結婚を機に、俺がそれまでの会社を辞めて在宅で仕事したいって言った時、彼女、すごく応援してくれたけど、それって俺が義父の相手をするのを思いっきり期待してたんだろうなぁ……」

その奥さん、今はヨーロッパ各地を回っているという。帰国するまでにはまだ二週間はあるということで、どのみち、彼女に取り成しを頼むのは物理的に無理だな。

はぁ。俺は思わず深~く息をついた。町内旅行で温泉に行っているというお義父さんが帰るのは明日。あーうー、もうホントにどうしよう。池本さんじゃないけど泣けてきそうだ。

あのピースが……あれさえおかしなことになってなきゃなぁ。形だけはぴったりなのに、なんであれだけ……。

「あ、そうだ!」

俺は無意識にぽん、と両手を打っていた。もしかして、今思いついたこの手、いけるかもしれない。







相原さんに連絡を取ってみると、ちょうど入稿明けで予定が開いてたらしい。事情を話したところ、快く相談に応じてくれた。池本さんに了解をもらい、パズルを広げているリビングまで来てもらう。

彼こそ、最終兵器彼氏(ゴロを合わせてみただけだけど、気持ち悪いな……)。

相原さんは漫画家だ。趣味の同人誌もやってるらしいが、商業誌でもそこそこ売れているらしい。彼にはこの間ネタを提供したので(そんなつもりじゃなかったんだけど)、「何でも屋さんにはお礼をするよ」と言われていた。

今回、それに甘えることにしたんだ。

「これなんだけどね、相原さん」

俺はそこだけ別世界の小さなピースを指で示した。

「何とかなりませんか?」

そう。俺は相原さんに、仲間はずれのピースの絵を周囲にあわせたものに変えるよう、お願いしたんだ。

「あー、本当だ。ピースの形はこれで正しいのに、絵だけが違うな。元の絵というか、完成図はありますか?」

相原さんに言われ、池本さんは慌ててジグソーパズルに付属の完成予想図(?)を探し出してきた。二枚のオペラ・ガルニエをじっと眺める相原さん。俺と池本さんは固唾を呑んでそれを見守っていた。

「うん……これなら何とかごまかせそうだなぁ。アクリル絵の具か、水彩を乾かしてからコーティング剤を塗るか……」

ぶつぶつ呟きながら、相原さんは持ってきた大きなキャンバス・バッグの中からいくつか画材を取り出した。とっさにこれだけのものを揃えて持って来られるところ見ると、やっぱりプロの漫画家なんだなぁ、と感心してしまう。

相原さんは、元絵を見ながらささっとピースの色目を整えていく。魔法みたいだ。

大した時間もかからず、仲間はずれのピースはごく自然に周囲に溶け込んでいった。

「相原さん……何でも屋さん、ありがとうございます。これで俺は義父のジグソー仲間にならずにすみます」

池本さんは泣き笑いの表情で俺たちに礼を言う。
……よっぽど嫌いなんだな、ジグソーパズル。
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