第2話 依頼
文字数 3,063文字
シンジ言うには、行方不明の息子を探してほしいという人間がいるらしい。
「なんかね~、ひと月くらい居所が分からないらしいんですよ~」
「……」
シンジがカノジョから誕生日プレゼントにもらったというペンダント。その銀の光に頭の中のどこかがかすかに反応したような気がしたが、漠然とした思いは煙草の煙のように薄れて、消える。
「──人探し? まあ、俺は何でも屋だから頼まれればやるが、普通は興信所にでも依頼しないか? 警察は事件にならなきゃ動いてくれないし……っ!」
警察。俺は一瞬息が止まりそうになった。喉から変な音が漏れる。
そうだ。俺はさっきまで警察が来るのを待っていたはずだ。昨日、一年のうちで一番長い日に、俺の隣で死んでいた女。彼女を殺した疑いで、警察が俺を訪ねてくるんじゃなかったのか?
「なあ、シンジ」
俺の改まった声に、シンジはきょとんとして応えた。
「はぁ? なんすか?」
「今日、テレビ見たか?」
「あ~、見たっすよ。ひっさしぶりに『モーニンgoo!』のお天気お姉さん見たら、いつの間にか代替わりしてて浦島太郎の気分」
「浦島太郎とは大袈裟な」
「じゃ、タイムトリップ?」
しょーもないギャグに俺は額を押さえた。
「単なる昼夜逆転だろう。それより、何かニュースやってなかったか?」
「そりゃニュースはやってましたよ。集中豪雨とか、どっかの堤防にアザラシが寝そべってたとか」
「そういうんじゃなくて、もっとこう、都会の殺伐としたような、だな……」
つい歯切れが悪くなてしまう。シンジは不思議そうな顔をした。
「強盗とか、殺人とか?」
「そ、そう、そういうやつ。殺伐としてるだろ?」
「そんな事件、今の世の中、デフォでしょうが~。何かそんな大きな事件でもあったんですか?」
「いや、今朝はまだテレビを見てない、というか、今壊れてる」
そうなのだ。ベッドと一緒に粗大ゴミ置き場から拾ってきた違法投棄の電気製品。調子よく映っていたのに、数日前酔って台座から落とした時、壊れてしまったのだ。
「ダッセー。新しいの買えばいいのに、チョー薄型のいいのが出てるでしょーが。今、安いよ?」
「そんな金は無い」
断言する俺を、シンジは憐れむように見る。
「あー、慰謝料払ってるんでしたっけ」
黙り込む俺にシンジはカリカリと頭を掻いて息をついた。
「んーと、奈良県で放火殺人事件があって、参考人かなんかが見つかったって言ってたかなぁ? あと、どっか山の中で白骨死体が発見されたっていうのもあったな。それと、この近くで──」
肩がびくっとしかけたが、俺は耐えた。
「悪質な引ったくり集団が摘発されたっていうのがあった~。手口が荒っぽくてさぁ。俺たちの間でも噂にはなってたけど、捕まったんだ、へー、とか思って見てた」
「他は?」
声が震えそうになるのをなんとか堪えて俺は訊ねる。
「殺人事件はなかったか? この近辺で」
「殺人事件? いやー、この近くではなかったけど、それがどうかしたの?」
シンジは不思議そうだ。俺はもっと詳しく聞きただしたい衝動に駆られたが、我慢した。シンジが見逃しただけかもしれないが、ああいったニュースは繰り返し報道されるはずだし、誰しも自分の住んでいる近くで起こる犯罪には敏感なものだ、シンジのようなチンピラもどきであったとしても。ということは、まだ死体が発見されていないのか?
「いや、なんでもない」
かろうじて答えたが、俺は心の中で葛藤していた。あの死体が永遠に見つからなければ、何も心配はいらない。俺は大丈夫だ。だけどまだ見つかっていないだけだったとしたら? 人探しなんかしてる場合だろうか?
あれが夢でなかったしるしのピアス。あの銀のマンボウが、俺の頭の中にぼよーんと浮かんでいた。
「でー、どうするんすか~? 人探し」
シンジの能天気な声に、俺は現実に戻った。
「けっこういいお金になるっすよ。断るのはアホのすることだと思うな~」
「いいお金になるなら、なんでお前がやらないんだ?」
俺の疑問に、シンジはきまり悪そうに眉を下げた。
「俺、そういうの苦手ですもん。部屋の中でモノを無くしたら、絶対出て来ないし。気に入ってたピアスなくした時なんか、マジ半泣き。カノジョが見つけてくれたんすよ。一週間も俺見つけられなかったのに」
「ああ、シンジのカノジョはいい
「クラブ<夜の夢>ってトコです。そこのお客の息子がひと月前から行方知れずで~、警察は頼りにならないし、かといって胡散臭いところに頼むのも不安だし、ってぼやいてたっていうから。そうだよ、アンタるりちゃんに感謝してよ? るりちゃんがアンタのことをそのお客に推薦してくれたんすからね」
クラブ<夜の夢>は、下品過ぎず、高級過ぎない、感じの良い店らしい。そこのホステスがなんでこんな頼り無いチンピラもどきを恋人にしているのかが不思議だが、少なくともシンジはヒモではない。自分で生活費を稼いでいる。それがピンクチラシ貼りの仕事であろうとも。
「アンタ、シケてるけど仕事は丁寧だって評判だし~。時々犬や猫探してるから、人間も探せるだろうってるりちゃん思ったってさ~」
シンジの言い種に、俺はガクンとした。いや、るりちゃんの言い種なのか。
「犬や猫と人間は違うだろうよ、シンちゃん……」
「でも結局探すんでしょ~? いっしょじゃん」
シャルトリューのマリリンちゃんだの、ミニチュアダックスフントのジョシーくんだの。ビルの隙間や民家の狭い庭、ハンパな大きさの公園の周りを、鰹節だのジャーキー片手に名前を呼びながら這いずり回るのと、この都会の底の無いネオンの海をたった一人を求めて当てどなくさらうのと。どこが一緒なんだシンジ。
だが、お金になるのならやってみたい。俺はそう思った。もちろん、ちゃんと見つけるつもりだ。この際、何でも屋の仕事の範囲を広げてみるのもいいかもしれない。
しかし、と俺は自問する。あの女の死体。まだ発見されていないようだが、そうなったらどうなる?
俺の所に、警察が来るかもしれない。来ないかもしれない。が、どっちにしろ俺は殺人犯じゃないんだ。
俺は開き直ることにした。警察が来たら来たでその時のこと。今はののかのためにも目の前の仕事をしよう。そして、誕生日にプレゼントを買ってやるのだ。そうだ、そうしよう。
「わかった、やるよ。るりちゃんに連絡すればいいのか?」
「んー、俺、息子ってやつの写真だけ先に預かってきたんすよ。そのお客、行方知れずになってから息子の写真持ち歩いてるんだって~。それと、連絡先。高山さんっていうらしいっす。るりちゃんがアンタのこと高山さんに言ってくれてあるから、直接ここに電話すればいいっすよ」
シンジは花柄のファンシーな封筒を置いて、借りているという洒落たバイクで帰っていった。仕事明けのるりちゃんが眠っている間に、食事の支度をするのだという。頼り無いがいいヤツだ、シンジは。そういう所がいいのかるりちゃん、と心の中で彼女の大人っぽい、バーキンのバッグが似合いそうな笑顔にたずねながら、俺は中身を見た。
「……!」
俺は背骨が瞬間冷凍されたような痛みを感じた。戦慄したってやつか。
封筒の中の写真の顔は、死んでいたあの女の顔にそっくりだったのだ……。