第120話 携帯電話の恐怖 4

文字数 2,345文字

<64564JOCHUGI9>、承認、と。

二つめのパスワードは、と。<DN39010>。・・・「伝さんグレイト」だな、多分。いいけど、何だかなぁ。どっからこんなパスワード出てくるんだろ。智晴に言わせると、「義兄さんのレベルに合わせてるんですよ」となるんだが、んっとに失礼なやつめ。

三つめは、一昨日<風見鶏>からメールで訊ねられたばかりの三田さんちの愛犬の名前。<Tabii>。「タビー」だ。

ちなみに、毛色の柄のことではない。タビーは上から見た分には黒いマントを羽織ったように見えるんだが、四本の足の先は見事に白い。それが「足袋を履いているように見える」というので、三田さんが「タビー」と付けたらしい。──奥さんには大反対されたらしいが。

そういえば、足の先だけ白いのを、今は「ソックスを履いている」というらしい。じゃあノックスはどうなったんだよ、などというつまらんシャレはともかく。

<風見鶏>と俺専用のチャット画面が開く。今、居るかなぁ、<風見鶏>。

画面に、「風 さんが入室しました」と出る。と、すぐ応答があった。



 風見鶏 やあ。二日ぶりかな。あの情報は役に立ったよ。

 風   「タビー」が? 
     俺には相変わらず何の役に立つのか分からないよ。
     俺のご近所の犬猫鳥その他ペットの名前や柄に、
     どんな意味があるんだ?

 風見鶏 ふふ。ナ・イ・シ・ョ。君は知らなくてもいいことだ。
     前にも言ったけどね。

 風   どうでもいいけど、俺の携帯着信音で遊ぶの、やめてくれよ。
     一昨日のメール着メロは酷かったぞ。

 風見鶏 気に入らなかった?



行間から笑いが聞こえてきそうだな……。
画面を見つめながら、俺は唇を歪めた。ったく。



 風   客先だったんだぞ。なのに、いきなり
     「ちゃらり~ 鼻から豆乳」は無いよ。大笑いされたぞ。
    
 風見鶏 ウケたんならいいじゃないか。

 風   そういう問題じゃないのに。もういいよ。



そう。彼には何を言っても無駄なのだ。なにしろ、俺の反応のひとつひとつが彼にとってのツボらしいから。 



 風見鶏 それにしても、君がここに来るのは珍しい。
     何かまた事件でも?



でもまあ、こうやって水を向けてくれるから、笑われるくらいは多めに見よう。



 風   うん。事件というほどじゃないんだけど……。
     俺の知り合いの大学生が、携帯に掛かってくる妙な電話
     に悩まされててさ



俺は本題に入った。



 風   間違い電話、だけなら、まだいいよ。
     わざとらしい「間違い電話」だし、目的が良くわからないのが
     不気味だけどさ。



カチカチとキーボードを打つ音だけが響く。と、PCの傍に置いてあった俺の携帯が鳴った。思わず、びくっとする。が、一瞬だけですぐ切れた。タイミングがタイミングなので心臓をばくばくさせながら確認すると、非通知で、呼び出し時間00秒。いわゆるワン切りだった。



 風   今、俺の携帯にワン切りが掛かった。びっくりしたよ。
     心臓に悪い。

 風見鶏 多分、非通知だろうね。

 風   うん。こういうのってちょくちょくあるけど、非通知の
     ワン切りにリダイヤルする人間なんて、今時いるのかな。

 風見鶏 いるよ。仕事上、そういうのでも無視出来ないという人も
     いるけど、単に迂闊な人間も多い。だから無くならないのさ。

 風   アレだろ、そういうのにリダイヤルすると、どっか経由し
     たりして、高額の電話代を請求されるんだろ?

 風見鶏 そういうケースが多いね。君は引っかかるなよ、風。
     最近は手口も巧妙になってる。 

 風   別れた妻や智晴にも重々注意されてるから、大丈夫だよ。

 風見鶏 相変わらず過保護だねぇ……。

 風   俺のことはいいんだよ!



つい力いっぱい打ち込むのと一緒に、声にまで出てしまった。
風見鶏め、からかいやがって。今、画面の向うでにやにやしてやがるんだろうなぁ。



 風   頼むよ、真面目に聞いてくれ。

 風見鶏 私はいつでも真面目だよ。



……はぁ。
真面目を「愉しんで」るんだよな、彼は。



 風   じゃあ、その真面目なあんたに相談だ。
     さっき言ってた知り合いの大学生の携帯電話の件だ。
     その大学生が言うには、銀行ATMの前に立った途端、
     いつもの間違い電話が掛かってきたっていうんだ。



一回だけじゃないんだ、と俺は強調した。



 風   不気味だろう? それを聞いた時、俺はゾッとしたよ。
     もしかして、監視されてたりするのか?

 風見鶏 いや、そういうわけではないよ。



今度は遊ばないで、<風見鶏>ははっきりと答えてくれる。



 風見鶏 「網を張っている」といえば分かりやすいかな。

 風   網?

 風見鶏 銀行だの、消費者金融だの、そういったお金の臭いのする
     場所に蜘蛛の巣のように網を張って、獲物が掛かるのを
     待つという手口があるんだ。

 風   「網」はともかく。何で電話番号まで分かるんだ?  
     誰がその「網」に引っかかるかなんて、いくらなんでも
     分からないだろ?



<風見鶏>の言う通りだとすると、誰であろうとその「網」の中に入ったとたん、その人物の持っている携帯電話の番号が知れる、ということになるんじゃないか?
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